何なんだと思わせる不思議な花。
白やピンクのぼんやりとした花。
ぼくには何が何だかわからない。
そんな花がまた咲き始めている。
そんな六月が今年もやってきた。
世界は不思議なことがいっぱい。
だから、世界はおもしろいんだ。
散歩中、見かけた薊。
ムラサキツメクサと似ているが、ちょっと違う。
ムラサキツメクサはあちこちに咲いているけど、
この花ときたら、滅多に見かけない。
花言葉は「独立」「報復」「触れないで」。
言われて見れば、群生するというより、
自立している強さのようなものを感じる。
何かあれば、報復も辞さないような強さだ。
薊を見ながら、思う。
世界中の人に、強く生きてほしい。
しなやかで、たくましい人生を生きてほしい。
ただひたすらそう願う。
チョウチョウって、
ヒラヒラ浮かんで、
遊んでいるみたい。
チョウチョウって、
寄り道してるけど、
それで、いいんだ。
チョウチョウって、
小さいころ野原で、
いつも追いかけた。
チョウチョウって、
ひさしぶりだけど、
しばらく見ていた。
ついに6月だ。6月と言えば、例年、紫陽花と梅雨入りの季節だが、関西から西は五月のうちに、早々と梅雨入りした。関東地方は例年通りになりそうだ。ただ、神奈川と東京では、この数日、夏日が続いている。時折、真夏日に近い29度という日もある。
6月と言えば、もう一つ「衣替え」の季節だ。中学生のころ、6月1日に冬服の制服を着て、家を出て、あわてて、家に戻り、半袖に着替えて登校し直した記憶がある。先生が恐かった。10月1日に夏服で出たこともある。同様に慌てて、上着を取りに戻った。当時はまったく融通のきかない校則だった。
ところで、6月になったということで、よく、今月は「水無月」だと言う人がいるが、「水無月」は旧暦六月の異称であって、新暦ではその季節感覚はわからない。旧暦では四月から六月が夏で、四月は初夏、五月が仲夏、六月が晩夏だ。昨日の6月1日は旧暦で四月二十一日、まだ初夏だ。
「水無月」について、辞書を調べると、田に水を引き入れる時期とある。今年の旧暦六月は新暦の7月10日から8月7日だ。この8月7日が立秋だ。さて、ぼくには農家の体験がないから、よくわからないが、7月10日ごろになって、田に水を引き入れるのか、疑問のままだ。
とにかく散歩に出た。ひたすら歩いた。足が弱ってきた母にはちょっと厳しすぎたかもしれないが、母が行ったことのないところへ歩いて行きたいというので、地図を眺めて、隣町にある「不動院」まで行くことにした。
ちかごろの母は、ひどく記憶が曖昧になっていて、昨日どこへ行ったと聞いても、覚えていない。今日はどこへ行ったと言うと、一日家にいたのに、どこへ行ったかしらと考え出す始末だ。行ったところも行かなかったところも訳がわからなくなっている。
行き帰りで、およそ5キロ、2時間ほどの計画で、出かけた。途中、コンビニやスーパーでトイレ休憩をした。母は、スーパーのトイレを利用した後で、「このスーパーで買い物して帰ろう!」とか、「こっちの道へ行ってみようよ?」とか、いつの間にか目的地を忘れている。
あれこれ、文句を言ったり、励ましたりしながら、とにかく、目的地に着くまで、坂道を上ったり、下ったりと大変だったが、着いた不動尊では、境内に色とりどりのアヤメ類の花が咲いていて、それだけで、何だか救われた気がした。