日々是好日

無知による思い込みが偏見を生み、人間の持つ煩悩が憎悪を生む。

プレミアムフライデー!


 朝、鼻水たらたら風邪気味、昼、ポカポカ陽気に汗が出る、夜はきりきり寒さに痺れる指。三寒四温のこの時期、気温差の大きさに少し疲れる。


 昨日はプラミアムフライデーだったらしいが、ぼくにはプレミアムではない金曜日。帰りの電車は普通に超満員電車。3時に帰った人がたくさんいたら、少しは楽なはずだが、関係ない人も多いらしい。


 電車の中で右に左に押されて、痛む腰と膝。冷たい夕方のホームに降りて、しゃがみ込み、痛む膝を抱え込む。何とか立ち上がり、エスカレーターへ向かう長い列に並ぶ。


 帰りの冷たいバスは目の前で発車する。街の灯りはまだまだ寒々しい。早咲きの桜の上に雪でも降りそうな天気だ。母は言う。もうすぐ3月なのにとても寒いと。母にとってはプレミアムに寒い春らしい。

あまりに独善的!

 自分さえよければいいという独善的な考え方の人が世の中に増え続けているような気がしてならない。電車の中で自己中心的な行動をとる人たち、まるで自宅にいるかのように振舞う人たち、これは誰かの説によると、公的な場に対応できない人たちだという説もあるが、いずれにしてもそんな人たちが増えているようだ。


 相模原市の障害者施設で19人を殺害した男にしてもそうだ。自己中心的な考え方なのだ。殺された人たちの気持ちも、その親たちの気持ちも考えていない。回りに与えるショックが大きい。大学生シンガー・ソング・ライターを傷つけたストーカー、お払いと称して、幼児を殺害した女、彼らの独善性はニュースをみると、実にどうしようもない虚しさを感じさせる。


 自らを正しいと信じて他を排除するのは国際的な傾向だ。トランプ大統領は自分を支持するものはアメリカ人とし、自分を支持しないのは非アメリカ人だとする。北朝鮮は自分の国の利益以外全く考えていない。中国も国際裁判も無視し南シナ海に何やら怪しい施設を作っている。ヨーロッパの国々も難民受け入れを拒み始めている。


 日本国内を見ても同様だ。自分の利益だけを考えている政治家が大勢いるようだ。ウルグアイの前大統領ムヒカ氏のような人が、もっとたくさんいれば、世界は本当に幸福な方向へ向かうのではないかと思うのだが・・・。

立ち飲みの居酒屋!


 「居合い抜き」「立ち居振る舞い」などの「居」は普通「座る」という意味だ。「居待月」は「座って待つ月、陰暦18日の月のこと」。「居眠り」は「座ったり、腰かけたりしたまま眠ること」。「居直る」は本来、「座りなおして姿勢を正す」という意味だった。


 今日、歩いていて、「居酒屋」の看板を出している店の入り口に「立ち飲み」とあった。それを見て、ふと、違和感を感じた。ちょうど開店前で、店の中を覗けたが、見ると、椅子は見えず、本当に立ち飲みの店のようだった。


 「居酒屋」なのに座らなくてもいいのだろうか。立ち飲みは矛盾していないのだろうかと思って、いくつかの辞書を調べてみた。

店先で酒を飲ませる酒屋。また、安く酒を飲ませる店。(広辞苑)


安い料金で酒を飲ませる酒場。大衆酒場。古くは店先で酒を飲ませる酒屋を言った。(明鏡国語辞典)

 

(昔、酒屋の店先で飲む酒を『居酒』といったことから)店内にテーブル席、小座敷などを用意し、酒と食べ物を出す店。酒は日本酒を主に、ビール、焼酎など。食べ物はつまみ程度からかなり凝った料理まで、店によりいろいろ。店先に赤ちょうちんを下げたり、入り口に縄のれんをかけたりしたので、別名「赤ちょうちん」「縄のれん」ともいう。大衆向けの安価な店が多い。洋酒を飲ませる店は「バー」、ビールを主に出す店は「ビアホール」という。(デジタル大辞泉)


 現代、「居る」はほとんど、「住む」「存在する」等で使われているが、デジタル大辞林によれば、「居る」は「本来、すわる、また、動くものが動かないでじっとしている意」とある。「居合い抜き」「居待月」などは、この「すわる」意味だ。だが、最近では、この「座る」意味が薄れている。例えば、「電車の中で立ったまま居眠りしてしまった。」等という表現があっても、違和感を感じない人の方が多いのではないだろうか。
 
 結局、居酒屋の「居」は「居る」のもう一つの意味、「移動するのをやめて、そこにとどまる」という程度の意味でしかないのだろう。あるいは、初めは「座る」の意味もあったかもしれないが、いつか間にか、単に「安い大衆酒場」の意味になってしまったのだろうか。


 ぼくは「立ち飲みの居酒屋」に違和感を覚えたのだが、今、どうなんだろうか?違和感を覚える人とそうでない人とどちらが多いのだろうか。

命日!

 父はその日、「行ってきます」と言って、会社へ出かけた。そして、昼前に、頭が痛いと言って、ソファに横たわり、そのまま意識を失って、病院へ搬送された。昼過ぎ、一旦意識を取り戻したが、その後、息を引き取ったという。死因は心筋梗塞だった。


 1980年2月22日、その時、ぼくは実家から遠く離れたところにいた。電話で「危篤」の知らせを受け、急いで実家へ戻ったが、親不孝を繰り返していたぼくはとうとう父の死に目に会えなかった。


 当時、ぼくは父に恩を感じていたものの、父のことがあまり好きではなかった。小学生のころ、学期末には通知表を持ち帰って親に見せていたが、優秀な兄と弟の通知表を見る父はいつもニコニコしていて、次男のぼくの通知表を見る父は、いつもむっつりしていた。あまり笑顔を見た記憶がないのだ。


 だが、この日を境にぼくの気持ちには少しずつ変化が起こりはじめた。そのきっかけを与えてくれたのは、まず、お通夜の時の出来事だ。父の会社の同僚が数人お通夜に参加してくれた。その人たちが言うには、父は、会社にいる時、いつも次男のこと、つまり、ぼくを心配していたというのだ。少し以外だった。


 また、お通夜の法事の時、和尚さんの説教が心に響いた。


 「お葬式は亡くなった人のためにするのではありません。残された人のためにするのです。」


 このことばは今も心に残っている。


 考えてみれば、父はすごい無口な人だった。兄が父に似ていてすごく無口だ。あまり無駄なことを言わない。無口な人の心の中はなかなか見えない。無口だからといって冷たい人とは言えないと思った時、少し気持ちに変化が起きた。その時から、父のことを考え始めた。父はどんな人だったのか知りたいと思うようになった。


 それ以後、父の生涯はどういうものだったのか、何を考えて生きてきたのか等、それまで考えたこともなかったことをいろいろ考えてきた。詳しくは省くが、とにかく数年かけて、いろいろ考えた。そして、思ったことは、父にはぼくたちに対する深い恩愛があったということ、そして、自分には父とある部分で非常に似ていること等々だ。亡くなってから、心配をかけたことを詫びる気持ちを抱き、父の気持ちを身近に感じるようになったのだ。やっぱり自分は親不孝だなとつくづく思う。

オルト・ライト

 NHKニュースを見ていると、アメリカでもう一つの右翼思想、「オルト・ライト」、英語で書くと、”ALT・RIGHT” の支持者が増えているという。


 白人至上主義、かつて黒人差別を堂々としていたKKKと同様に、人種差別的な発言を平気で行い、その他のインド系アメリカ人や有色人種たちを差別をする思想だ。


 白人たちが有色人種などマイノリティを差別してきた。それを平等にしようとした結果、今、白人たちが差別されているという発想から、今こそ、白人の権利を取り戻そうという考えだそうだ。


 白人至上主義、オルト・ライトなどの差別的な団体はトランプ大統領誕生以前からあった。トランプ氏は大統領就任後、差別的発言を繰り返した。それによって、彼ら差別主義者は勢いを増したと言える。何しろ、国のリーダーのお墨付きをもらえたのだから、勇気づけられたのだろう。


 すでに、黒人及びマイノリティが傷つけられる事件も起きているという。今後、マイノリティたちがどんな危険にさらされるか、考えるだけで恐ろしい。殺人事件も起こるだろう。一方、マイノリティたちも団結し、武装しているという。


 様々な人種が集まってできているアメリカが内部分裂を始めている。銃を持つのが当たり前の社会において、このまま進めば、アメリカはまさに内戦状態になりかねない。アメリカが良識を取り戻すことを期待する。