日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

今を生きる!

 明日、9月9日は北朝鮮の建国記念日だそうだ。例年、北朝鮮はこの記念日にミサイル発射や核実験をしているらしい。明日、何をしてくるかわからないということだ。

 何が起こるかわからないのは一番恐ろしいことだ。暗闇と同じだ。目の前に何があるのかわからないというのは恐ろしい。

 地震もそうだ。これから数十年間の間に東京で直下型地震が起こる可能性があるという。予測不可能だそうだ。今かもしれない、明日かもしれない。十年後かもしれない。全く予測できないという恐怖。

 人の死も考えてみればそうだ。今、健康であっても、突然に死が訪れることがある。ぼくの父はかなり前だが、「行ってきます」と仕事に出て、職場で頭が痛いとソファに横たわり、そのまま救急車で運ばれて、病院で亡くなった。父は、その日、自分が消滅することなど全く考えていなかったと思う。

 いつ何が起こるかわからない。ならば、いつでも、それを覚悟しているしかない。いつ何が起こっても後悔しないように、毎日を、その瞬間その瞬間を生きていくほかない。

幸せ

少しばかりの給料もらって、

年老いた親と暮らし、

質素な食事をして、

仕事を誠実にこなし、

人の幸せを祈り、

誰にも笑顔で接し、

決して人と争わず、

贅沢なものを欲しがらず、

地位も名誉も欲しがらず、

今ある生活を十分だと思い、

それ以上のことを求めない。

異常が正常になる!

異常が続けば、異常ではなくなる。
異常な天気が続けば、それは普通になる。


ら抜き言葉が次第に普通の言葉になったり
「あらたし」を間違えた「あたらし」が普通になったりするように。


政界で愚かなことをしでかす政治家が増えれば増えるほど、
愚かなことも普通のことになる。


北朝鮮が核爆弾を持つのを危機だと言っていたが、
そのうち、それが当然だと認められる日がくるのだろう。

白露

 今日7日は白露。二十四節気の一つで、秋の気配が感じられ始めるころという。だが、今年は9月に入って、とっくに秋らしくなっている。
 今年は、秋が例年より早くやってきて、夏はさっさと去って行ったようだ。この数日、最高気温は日中25度、朝晩20度ぐらいだ。虫の声もすでにうるさい。
 ことわざに「暑さ寒さも彼岸まで」とある。暑さは秋彼岸(9月23日ごろ)まで、寒さは春彼岸(3月21日ごろ)までだという。
 例年だと、9月に入っても残暑が続き、涼しくなってほしいと願う、そして、23日の彼岸のころ、すっと涼しくなる。
 それがすでにもう秋らしくなっている。いったい、秋の彼岸のころはどうなっているのだろうか。
 いつもなら喜ぶべき涼しさも、早すぎる秋の到来にただ驚き、吊った足をあたためている今日このごろだ。

満月

9月6日は満月!
中天に丸い月が輝いている。
ぼくは小さいころから月を見るのが好きだ。
遠いところにいる懐かしい人たちも、同じ月を見ている。
そう思うだけで、何だかうれしくなる。
このブログを見てくれる人たちも同じ月を見ているだろうか。
それぞれの土地で起きた出来事は同時に共有できないが、
この月だけは多くの人と共有できる。