日々是好日

無知による思い込みが偏見を生み、人間の持つ煩悩が憎悪を生む。

前向きに生きる意味!


 前向きに生きる―なぜ前向きにいきるのか。それは、「運」がその人の前を通るから。後ろを向いていると、前を通った「運」がわからない、わからなければキャッチできない。だから、常に前向きに生きていたい。(内館雅子のことば「ViVi」1993・5号)


 どんな時でも、どんなに辛いことがあっても、なお、前向きに生きていれば、きっと、いい運がつかめる。前を向いて、怒らず、焦らず、腐らず、怠らず、自分の正しいと信じることを常に言い続け、行い続けることが重要だ。


 暗く長いトンネルがあって、いつ抜けられるのかと思うほどつらい時期があった。前を向けと言われても、先行きは暗かった。自分自身に可能性が感じられず、もう生きることもあきらめた時期も何度かあった。


 前向きに生きることなんて意味も感じられなかった。そんな時、出会った人が救ってくれた。自分にしかない価値がぼくにもあることを教えてくれた。自分を肯定することの重要さを教えてくれた。そして、少し前向きに生きることにした。それから、家庭を持ち、家を持ち、生き甲斐も見つけた。


 だが、一筋縄ではいかないのが人生、糾える縄のごとき禍福、自分の無力さゆえに、何度も人生の危機に陥る。その度に思い出す「前向きに生きることの意味」。そして、住む所も住み方も働き方もさまざまに変化して、ようやく今があり、母の幸せを願う日々を過ごしている。何事もない日常に幸せを感じている。

3月11日14時46分

6年前の3月11日、金曜日午後2時46分、あの東日本大震災が発生した。


ぼくはその日、神奈川県の自宅にいた。食器類が飛び出し、箪笥の上の置物が床に落ち、散乱した。年老いた母は泣いておびえていたのを思い出す。


震災の映像を見て、ここにいて、ただ想像するほかない、無念な思いを抱いた人が大勢いる事を思うと、本当にどうしようもない悲しみを感じる。


福島原発の爆発も忘れられない。当時の首相のうろたえぶりも思い出す。牛舎の牧場で自殺した人の話も思い出す。


また、韓国や中国で地震と原発の爆発を祝福する横断幕を掲げる人たちがいたことも思い出す。人の不幸を喜ぶ信じられない人たちに怒りも覚えた。人の不幸を喜ぶ人は人に非ずと思った。

ただ、世界中の人たちが日本に応援のメッセージを送ったことも忘れられない。多くの人たちの善意は涙が出そうなくらいに嬉しいと感じた。


いまだ行方不明の人は2千5百人余りという。死者と併せれば1万8千人を超える。経済的な損失は史上最大だともいう。


インフラの回復と心の傷の快復を祈りつつ、黙とうをささげる。

しあわせはいつもじぶんのこころがきめる

しあわせは

いつも

じぶんの

こころが

きめる

 これは相田みつをのことばだがその通りだと思う。


 今、ぼくは家族と分かれ分かれになり、長い間会っていない。
 年老いた母と二人で暮らしている。
 収入はあまり多くなく、生活はぎりぎりだ。


 スーパーの特売情報を見て、少しでも安いものを買いに行く。
 時々、母とする外食はマックで100円バーガーと100円コーヒーだ。
 時々、母とするぜいたくは全部百円の回転ずしだ。


 蟹も海老もおいしいらしい千円前後のラーメンも興味がない。
 やむを得ぬ時、一番の親友と会う時以外、ほとんど外食をしない。
 食べたいなと思うものがあれば、自分で作る。


 1万円前後のコンサート等の類など聞く気がしない。
 暇な時は金のあまりかからない散歩にでかける。
 コーヒーが好きだが、うちで作って持ってでかける。


 かつて彼女と家族と味わった幸せは今はない。
 だが、今は母と暮らせる、それだけで幸せだ。
 しあわせはいつも自分の心が決めるのだ。

ギャンブル依存症!

 先日、テレビの報道番組を見ていたら、マスク依存症というのが取り上げられていた。マスクをしていないと、落ち着かないという若い女性が増えているという。依存症というのは、デジタル大辞泉によると、「ある物事に依存し、それがないと身体的・精神的な平常を保てなくなる状態」とある。


 依存する対象にはアルコール、スマホ、ギャンブルなどがあるが、中でもいちばん恐ろしいのは、ギャンブルだ。負ければ、取り返そうとして、さらに深みにはまるギャンブル依存症は手に負えない。金はいくらあっても足りない。ギャンブルは家庭を破壊し、人生を台無しにしかねないものだ。


 昨年、バラバラ殺人事件があった。犯人は毎日のようにパチンコに通って負けていた。皿にパチンコへ行くために泥棒に入ったそうだ。だが、女性の住人に見つかり、殺してしまい、自宅の風呂場でバラバラにし、ゴミ捨て場に捨てたという。今日の報道番組では、パチンコにはまってしまい、借金まみれになったという歯科医の話をしていた。


 日本はギャンブル大国だ。駅前には必ずと言っていいほどパチンコ店がある。テレビでは毎日のように、競輪、競馬、オートレース、パチンコ、宝くじの宣伝をしている。ギャンブルは楽しいものだと言わんばかりのCMを見ていると、本当に恐ろしいと感じる。確かに理性を失わずにギャンブルを楽しめる人もいるだろうが、やはり依存症に陥り、抜けられなくなる人は少なくない。


 何事も適度に楽しめればいいのだが、ギャンブルは、はまってしまうと、簡単に抜けられない。犯罪に走る危険性も高い事を考えると、やはり恐ろしい。せめて、ギャンブルのテレビCMは自粛してほしい。そう思っているところへ、昨年、政府が「カジノ解禁法案」を国会で通した。そんな法案より、ギャンブル依存症の人を減らすための法案を作ってほしいと願っている。

ポスト真実とフェイクニュース(2)

 2011年、東日本大震災の際に「もう東京は住めないほど放射能が蔓延している」という間違ったSNSが飛び交った。横浜中華街に行ったら、いろいろな店で店員が帰国して店はやっていられなくなったとか聞いた。


 これなどまだただのフェイクニュースだが、やはり恐ろしいのはポスト真実の考え方から、気に入らない者を排除しようとして、真実を無視して感情的に人々を先導するようなフェイクニュースが流される時だ。

 関東大震災の時、韓国人が暴動を起こしているとかいうデマが広がり、各地で韓国人が殺されたという話を聞いたことがある。そこにあるのは真実はどうでもいい、とにかく気に入らない者を排除しようとする思想だったように思う。


 もしも、今、アメリカでSNSを使って、気に入らない者を排除しようとする考えから、真実をないがしろにしたポスト真実のフェイクニュースが流されたら、暴動さえ起こりかねない。大変な事態になる可能性もある。


 戦時中の大本営発表も恐ろしい。別に気に入らない者を排除しようとするのではないが、国民を誘導しようとして、フェイクニュースを流し続け、国民たちに日本は「神の国」であると信じ込ませ、多くの若者たちを誘導し、多くのアジアの人たちを殺させ、無駄死にさせた。


 北朝鮮の状態も似たようなものだ。北朝鮮国民すべてが詐欺の被害者のようなものだ。ミサイル発射で多くの国に見捨てられるようなことになっていても、何も知らず、ただミサイル発射が成功したと知らされ、誇りに思っている。国家的犯罪で金正男氏を殺害したと疑われているが、そのことも、殺害された人物の存在も知らされていない。


 情報化したこの世界で最もおそろしいのはポスト真実によるフェイクニュースだ。一瞬にして世界を飛び交うSNSによるニュースは一気に世界を破滅させかねない。テレビニュースにしても、驚かされることが多い。えっ、そんなことが?と思わされることもある。意図的に人々を誘導したり扇動したりするニュースに騙されないように気を付けたい。