日々是好日

無知による思い込みが偏見を生み、人間の持つ煩悩が憎悪を生む。

しべふる!


 やっと週末になった。今週はひどく疲れた。一ヶ月ぶりに平日の仕事が増えて、しかも、これまでと違って朝早くからの仕事もあったので、本当に疲れた。


 今週は大変だったが、幸せだと思うこともある。ちょうど一か月前の3月21日に東京の桜が開花して、それから、今日まで一か月間、あちこちでいろいろな桜を見ることができたことだ。東北地方ではこれから桜のシーズンだというが、関東では今、まさに桜のシーズンを終えようとしている。ちょうど、ぼくの一ヶ月の休暇期間と桜のシーズンが重なったことだ。十分に楽しんだ。「知足」という気分だ。


 「さくらしべふる」ということばがあるとニュースで聞いた。
 
 これは桜の花びらが散ってしまった後で雄蕊雌蕊のしべが、花のガクごと落ちる事を表すそうだ。桜の鑑賞を楽しんだ一か月間の最後に、今、この様子がぼくを楽しませてくれる。ちょっと聞くと、さびしげなことばだ。花びらが散った後、桜の季節を完璧に終わらせるのだから、ちょっと寂しさの漂う言葉だ。


 だが、これがまたいい。「しべふる」後に、若葉が出始めて、つつじが開き始めるのだ。新緑の五月を迎える準備をしているのだ。季節は明らかに移り変わっている。バトンタッチのようなものだ。ハナミズキも咲き始めた。その次には、その次にはと日々楽しみの増える時期だ。


 まるで桜の花が口火を切ってくれたような気がする。鳥の鳴き声も素敵だ。ピーチク、ピーチクと鳴く鳥の声に誘われて、新緑の森を散策したくなる季節がやってきたことを素直に喜びたい。そしてこの平和を喜びたい。


乗れない!

 今日は昼から仕事だったが、何だか運がない一日だった。


 バスの時刻表をスマホで調べて、家を出たのだが、バス停留所まで後10メートル、時間はあと1分あると思ったら、目の前でバスが出て行った。何事かとバス停に行ってみると、いつもの時刻表の下に、張り紙があって、「東急線が今日から時刻表を改訂したため、バスの時刻表も変更してあります」と書いてある。それはないだろうと思っていたら、次のバスが来る時刻より、2分早く来た。どうなってるのかわからない。駅についてみると、案の定、乗りたい電車は既に出ており、次の電車はというと、10分ぐらい待たなければならない。


 夕方、5時ごろ帰途に就き、スマホの時刻表もあてにならないので、とりあえず駅へ行ったが、10分ほど待たなければならなかった。何とか、電車に乗ったのだが、いつも超満員になる時刻である5時半前だったのに、今日は特別な超満員。ドアのガラスに押し付けられながら、運ばれていく。吊革につかまることもできず、揺られるままに揺られる。まるで、人間たちが乗っている感じがしない。誰かが言ってたな。普通乗用車に200%乗ったら、罰金取られるのに、電車は200%以上乗せても罰金取られない。我々は荷物なのかもしれない。ふと、アウシュビッツを連想してしまった。


 それから、大きな駅について、押し出されてはまた乗るの繰り返し。ただ、5時半過ぎていても、下り線もぼくの家の最寄り駅が近づくと、次第に超満員の「超」が取れるはずだが、今日はどこまで行っても超満員だ。最寄り駅の一つ手前で、また押し出された。腰を伸ばし、もう一度乗ろうとした時、何と、乗れない。どんなに力を出しても乗れない。両隣のドアを見ても、はみ出している人が数人いる。そのうち、ドアが閉まってしまった。


 普通なら途方に暮れるところだが、この駅からも、自宅方面へ向かうバスは出ている。ただ、距離が長いうえに本数も少ない。仕方ない。数分待って、バスで帰った。バスの中では、家の近くまで、ずっと寝ていた。あと二、三日は、疲れも不運も取れそうにない。

乗り越し!

 いつも午後から半日仕事をしているが、今日だけ特別に、いつもと同じように寝て、いつもより4時間早く起きて、夕方まで8時間余り働いた。寝不足の状態で朝の超満員バスに電車で1時間半の通勤。着いた時はすでに疲れていた。それから、何度かコーヒーで元気づけながら、夕方まで頑張った。


 5時半、帰途についたが、駅へ向かう間に膝と腰が痛み出した。長時間働くと、いつもこうだ。足を引きずりながら、電車に乗る。満員電車の中一時間近く立っていて、もう足は限界に近い。途中急行電車に乗り換える。大きな駅に着くと、乗客が入れ替わる。そのわずかなスキを狙って、座っている人の中で、もうすぐ降りそうな雰囲気の人を見つけて、その前へ移動。


 結局、最寄り駅の四つくらい前で、ようやくその人が降りたので、座れた。だが、それがよくなかった。最寄り駅の一つ手前の駅まで意識はあったが、次の駅で降りようとしたら、何か雰囲気が違う。とりあえず、降りた。


 そこは我が家の最寄駅から、各駅で三駅ほど乗り越した先の駅だった。すごいショックだ。数分間、意識が途切れていたのだが、自分の中では、まったく連続している。実は時々疲れた時にこういうのがある。一度は終電でやってしまったこともある。その時はタクシーで帰った。「もったいない」の極みだ。


 情けないと思いながら、反対のホームへ行き、上りの電車に乗って帰った。我が家の最寄り駅に着いてからも、膝をさすりながら、駅前のスーパーに寄って、ミニトマトが一パック156円だったので買って帰る。結局夜7時半ごろ帰り着いた。疲れた一日だった。己の間抜けさに呆れながら、これが自分なのだと諦める。

早起き

 いつも10時頃起きて、昼から仕事をしているが、今日は数年ぶりに早起き、6時に起きて、7時45分に家を出る。


 朝の空気は何かしら違う。光の色が違う。サッパリしている。バスに乗ってくる人たちも違う。ほとんどが学生やサラリーマンやOLだ。バスのやってくる間隔も2分おきだ。込みようも普通じゃない。


 一番不安なのはこの時間帯の電車が時刻表通りに運行しているかどうかだが、自然に任せる他ない。それにしても、電車は超満員。息苦しい。

二極化!

 テレビのニュースを見ていたら、銀座6というところが紹介されていた。聞けば、高級感、贅沢感を売り物にしているという。高級ブランドが目白押しだが、最も驚いたのは1080円の「のり弁」だ。「のり弁」は安いからいいのだ。ぼくは昔から、のり弁が好きだった。200円から300円の時代によく食べた。だが、最近では300円以上が当たり前になってきた。まあ、350円までなら、買って食べるのもいいかと思っている。


 そんな一方で、コンビニやスーパーが値下げを始めると言う。うれしいことだ。卵が10個100円の時代から、一気に200円の時代になってしまった。最近は、税込み200円以下で売っている店を見つけて買うようにしている。キャベツもそうだ驚いた。かつて、ひどく貧しかった時、毎日のように、キャベツと食パンだけで朝昼版の食事をしていた。当時はキャベツが本当にありがたかった。だが、昨日スーパーで見た半分に切った小さなキャベツが158円だったのには驚いた。結局、最近キャベツがない状態が続いている。


 今日も仕事帰りに、スーパーに寄って、卵(ここは税抜き168円で売っている)を買うことにした。少し買い物して、レジを通り外へ出たら、「夕方市」と称して、店の前にキャベツが一玉156円(税抜き)、大根一本が99円(税抜き)で売っていた。大根は店内で半分128円というのを買っていたので、あきらめたが、キャベツは買ってなかった。さっそく一玉持って、もう一度レジに並びなおした。


 昔からそうだが、うちは貧乏だ貧乏だと言われて育った。ある程度給料が入るようになっても、高いと食べる気がしない。給料が減った今はその貧乏根性がますますひどくなっている。何を買うにもまず値段を見る。安くていいもの買いたいと思う。高ければ買わない。目もくれない。例えば、海老、イカ、カニは高いから最初から食べたいと思ったことがない。


 今日、レジに並んでいた時、前にいた主婦らしき女性のカゴに入っていたものは、全て値下げのラベルが張り付けてあるものだった。ぼくのように安いものしか買わない、食べないという人もかなりいるのだろうと思う。酒類でも、安い商品の棚は空っぽだったなどということもよくある。そんな時、仲間は多いなと思う。一方で銀座6などというところへ行きたがる人たちも多いんだろうと思う。やっぱり、二極化はますます進んでいるのだろう。