日々是好日

無知による思い込みが偏見を生み、人間の持つ煩悩が憎悪を生む。

ギャンブル依存症(2)

 20日のNHKニュースで見たが、昨年警察が摘発した刑法犯罪、32万6000件のうち、パチンコやギャンブルに使う金欲しさが動機の件数が2328件で、そのうち、パチンコ依存症が1329件、一昨年比320件増、競馬や競艇などのギャンブル依存症が999件、一昨年比292件増だという。


 実に恐ろしいことだ。ギャンブル大国ならではの件数だと思う。割合で見ると、1%未満だ少ないかもしれないが、やはり、数千件というのは多い。その中には詐欺や強盗、恐喝などがある。


 警察庁はパチンコ機器製造メーカーに射幸心をあおるような機器の開発を控えるように指導するというが、そう簡単ではないだろう。次々と増えて行くパチンコ店、減る勢いはない。当たり前のことで、毎年、依存症でなくて適度に楽しんでいる人、依存症だが、何とか持ちこたえて罪を犯さない人、いろいろいるだろうが、依存症によって刑法犯罪で逮捕される人は増え続けている。


 例のカジノ法案が実施される前に、ギャンブル依存症対策を何とかしなければならない。今後、政府がどんな対策を打ち出すのか、注目しているのだが、どうも、今は森友問題等々、保身に関わる問題が山積で、それどころではないようだ。
  

WBC!

 WBC準決勝、日本とアメリカの試合をテレビ観戦した。大接戦の末、日本は1-2で敗れた。日本は守備のチームであったはずなのに、菊地選手と松田選手のミスで2点取られた。日本の1点は、菊地選手のソロホームラン。


 かつて、アメリカのリーグ(MLB)を大リーグと呼んでいた。漫画「巨人の星」では「大リーグボール養成ギブス」などというのも登場した。「大」をつけるのはそれだけ、日本のリーグにあこがれている証だ。

 

 だが、今回のWBCを見ていて思ったのは、オランダの4番バッターであるバレンティンは日本のヤクルトスワローズの4番バッターで、準決勝先発投手は日本のソフトバンクホークスのエースだ。MLBばかりのプエルトリコ相手にどちらが勝ってもおかしくない試合をした。日本もMLBのすごい選手たち相手にこちらもどちらが勝ってもおかしくないゲームをした。


 日本のリーグもそれほど劣っていないということだ。ただ、1試合接戦をしたとはいえ、数試合すれば、どうなるかわからない。ここは、決勝トーナメントではなくて、決勝リーグとして、4チームで戦い、最も勝率のいいチームを優勝としたらどうだったろうか。違った結果になっていたかもしれない。


 またリーグの力を図るのに、できれば、サッカーのクラブワールドカップのような試合があればいいと思う。そうすれば、MLBと日本のリーグの力の差も歴然とするだろう。そのうえで、MLBを大リ-グと呼ぶような謙虚さも必要だが、やはり日本のリーグも自信をもってほしいし、そういうものを培う上で、高める上でも、国内だけでなく国際的な試合を増やして、交流をさらにしたほうがいいと思う。

春霞!

 今日、靖国神社のソメイヨシノが開花したという。気象庁から開花宣言が出された。昨年も21日だった。平年は26日らしいから、5日早い。我が家の前の道にある桜並木はこれからだが、もう少し楽しみが続くと思えばうれしいものだ。


 天気予報で予報士の男性が言っていた。「今日は寒かったので、東京の開花宣言はないかと思ったけど、咲いたということは気の早い桜なんでしょう!」と。そう確かに最近は桜も気が早くなっているのかもしれない。春は来たんだなと思う。山は見えない。ほとんど春霞というのだろうか。煙っている。


 テレビを見ていたら、色々な話題がある。ソメイヨシノの開花、スキージャンプで葛西選手が表彰台に立ったとか、野球のWBCで日本が健闘しているとか、その他、高校野球、サッカーワールドカップ予選など、いろいろとうれしい話題、楽しみな話題がいっぱいある。


 そうかと思うと、相変わらず、交通事故や殺人事件や火災や自殺などの話題も多い。それらの中には仕方のないものもある。また、防ごうと思えば防げるものもある。犯罪に関しては、警察が何とか事件を解決してくれることを祈る。


 しかし、豊洲移転問題や森友学園疑惑や、天下り疑惑などは、解決しようにもまるで「藪の中」だ。国外も同じだ。トランプ大統領がロシアとつながっていたとか、オバマに盗聴されていたとか、韓国前大統領の裁判など、真実が見えない話題ばかりだ。評論家がああだこうだと言っているが、ほとんど前に進まない。


 今日は雨も降ったが、このところ、もやもやとした春霞が立ち込めている。世界もまるで春霞がかかったようにもやもたとした空気が流れている。春霞はもうしばらくすると、必ず晴れるが、最近、耳にする政治と金に関係する疑惑や問題はいつまでも晴れないような気がする。

3月20日!

 春分の日の今日、春らしい天気になった。ソメイヨシノもピンク色の蕾を次第に膨らませてきている。すでに花見の宴を開いた人もいると聞く。また、靖国神社のソメイヨシノも3輪ほど開いているという。5輪開いていないので開花とは言えないそうだ。


 ところで、3月20日といえば、22年前の地下鉄サリン事件を思い出す。13人が死亡、6000人以上がサリン中毒となった。サリンを作った人たちは若い人たちだ。しかも優秀な成績で大学に入った人たちだった。彼らは最高学府で学問を身に着け、さて、どう生きるかという時、殺人集団の宗教に心酔してしまったのだ。彼らは選択を誤ったのだが、そこに感じるのは、宗教の恐ろしさだ。


 宗教は本来平和のためにあるはずだ。仏教にしてもキリスト教にしても、学ぶ価値がある、また、その他の宗教でも人々の心を救うものであるはずだ。わたしはいろいろな宗教の考え方を学んでみたいと思っている。しかし心酔したりすることはない。


 だが、宗教の中には生活の自由を奪ったり、寄付金や勧誘を強制したり、抜け出すのを阻害したりするものがある。もちろん当人たちは強制されているとは思っていない。また、人殺しを平気でするようになれば、これは邪教集団となる。それなのに、邪教集団に心酔する人たちがいる。宗教は平和と真逆の方向へ向かう危険性がある。

認知症か嘘つきか?

 ぼくの母は、見たことのあるドラマを、見たことがないと言い、食べたことのある食べ物を食べたことがないと言い、行ったことがある場所を行ったことがないと言う。何事であれ、すぐに記憶を失くす母の場合は「記憶にない」というのもしかたがない。認知症が始まった母にとってはこれが自然なのだ。


「宣誓書 良心に従って真実を述べ何事も隠さず、また、何事も付け加えないことを誓います」


 ぼくの母とほぼ同年代の元都知事が国会に証人として呼ばれ、「何事も隠さない」と誓いながら、知っているはずのことについて、「記憶にございません」と述べる。知っていながら、隠したのであれば、罰せられなければならない。経験したことだけど、記憶にないというのであれば、認知症か記憶喪失だ。


 認知症なら、仕方がない!だが、都合の悪いことになったら、病気を装うのだとしたら、これは古狸だ。許せないと思うが、国会において、「記憶にございません」ということばを言った人はたくさんいる。そして、罰せられた人がいたという記憶がない。