日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

貧富の差!


 最近ますます思うことがある。スーパーでレジに並んでいると、前でレジを済ませている上品な主婦のカゴの中に値下げ品がたくさん入っている。ぼくも同じで、値下げ商品とか特売の品をよく買っている。そういう商品を買う人たちが多いと思う反面、世の中ではおいしいとか、質がいいとか言って高いものを買う人も増えているように思う。一言で言えば真ん中がいなくて富んだ人と貧しい人とが増えているということだろうか。
 日本語授業の中で、貧しいという漢字、貧富の差という言葉を教えていて、つい、昔を思い出した。小さいころ、ぼくは母から、何度も「うちは貧しいんだから、我慢しなさい」とよく言われた。周りも貧しかった。それが、高度経済成長の時代を経て、中間層の日本人が増えて、日本人全体が豊かになったように思う。
 だが、あのバブル崩壊で日本社会は大きく変化した。前よりひどい状態になってしまったようにも思う。貧富の差が広がって富んでいる人が贅沢をする一方で、徹底的に節約生活をしている人たちが増えたように思う。デパートで買い物する人と、スーパーの特売品を買う人がいて、その中間がいない社会。貧富の差はますます拡大しているように思う。
 小さいころから今に至るまで、高級なものについては、「届かないものだから、手に入れたいと思わない」という気持ちで生きて来た。贅沢なものについては見たり聞いたりしても、自分には縁のないものと思い、ただ思うのは「贅沢は敵だ」という言葉だった。政府は消費が落ち込んでいるというが、我が家に限って言えば、収入が減り続けているのだから、消費を抑えるのは当然だ。
 はてさて、景気がよくなっているというのはどこの国の話だろうかと首をかしげたくなる。身近で言えば、景気はどんどん悪くなっている。景気がいいというのは、公務員と大企業の社員だけだろう。これじゃ、北朝鮮と変わらないではないかとさえ思ってしまう。

「今年の漢字」は?

 まだ早すぎるかもしれないが、「今年の漢字」は何になるのだろうかと思った。過去に選ばれた「今年の漢字」を見ると、いろいろ記憶に残っているものがある。
 中で目立つのは「金」だ。三回選ばれている。みなオリンピックの年だ。金メダルラッシュということか。もちろん、それ以外の理由もあるだろうが、また三年後に「金」が選ばれるかもしれない。それ以外では1995年の「震」が忘れられない。1月17日、神戸地震のあった年だ。2003年は「虎」、阪神タイガーズが優勝した年だ。東日本大震災の年には「絆」が選ばれている。地震の後の人々のつながりを象徴しているのだろうが、女子サッカーのワールドカップ優勝も忘れられない。
 さて、今年はと考えてみると、トランプ大統領のアメリカファースト、小池都知事の「都民ファースト」などから、連想する「一」だ。過去最も画数の少ない感じになったら、おもしろいだろうなと思う。


年 一位の漢字(2位・3位)
1995年 震(乱・災)
1996年 食(菌・汚)
1997年 倒(破・金)
1998年 毒(不・乱)
1999年 末(乱・核)
2000年 金(乱・新)
2001年 戦(狂・乱)
2002年 帰(北・拉)
2003年 虎(戦・乱)
2004年 災(韓・震)
2005年 愛(改・郵)
2006年 命(悠・生)
2007年 偽(食・嘘)
2008年 変(金・落)
2009年 新(薬・政
2010年 暑(中・不)
2011年 絆(災・震)
2012年 金(輪・島)
2013年 輪(楽・倍)
2014年 税(熱・嘘)
2015年 安(爆・戦)
2016年 金(選・変)

銀座線90年!


1927年、浅草-上野間で日本で最初に開業した地下鉄。[東洋唯一の地下鉄道]というキャッチコピーだったそうだ。当時、アジア、オセアニアで地下鉄はこの銀座線だけだったという。


現在は渋谷から浅草まで走っている。渋谷は「G01」、浅草「G19」と記号で表記されている。最近どの駅も記号化されている。ちなみに今日の午前中、停電で不通になり、大混乱した田園都市線は「DT」渋谷が「DT01」となっている。また、田園都市線とつながっている半蔵門線は「Z」だ。


それから、発車メロディもおもしろい。G19浅草駅は「春のうららの隅田川~」で始まる滝廉太郎の「花」である。また、G16上野駅は「さくら」、G09の銀座駅は「銀座カンカン娘」だ。メロディを聞きながら、銀座線を旅するのも面白そうだ。


願望

仕事しながら、別に無理な願望を持っているわけでもないのに、思い通りにならないと思うことが多く、そう思うとき、まだまだ悟りは遠いなと感じられて、己に関わる一切の願望を捨てて、身近な人々はもちろん、世界中の人々の幸せを祈りたい、そんな自分になれたらいい、そう思いつつ、これは己に関わる願望だけど、これくらいはいいだろう、ほんとうに小さな願いなのだから。

井の中の蛙

電車に乗っていて思うこと。
押し合いへし合いする人たちは数多いが、
この人たちと知り合うことはない。
ぼくの知っている人間は
世界の中でほんの一握り、一つまみだろう。
ぼくの世界は本当にせまいのだ。
人は井の中の蛙にすぎないのだ。
どんなに顔の広い人にしても同じだろう。
みんな井の中の蛙なのだ。
世界は広すぎる。
いや、宇宙は想像を絶するほど広いのだから、
世界を知るのは、アインシュタインでも難しいのだ。
それでも世界について論じる人たちは言い切っている。
ぼくは決めた。
世界はこうなのだと言い切ることはやめよう。