春から遠出をしなくなり、自宅周辺を歩きながら
白木蓮、桜、藤、向日葵、秋櫻、彼岸花、金木犀
四季は巡り、地面は赤黄緑と賑やかな枯葉の絨毯
街路樹のモミジバフウが色鮮やかに染まってきた
春から遠出をしなくなり、自宅周辺を歩きながら
白木蓮、桜、藤、向日葵、秋櫻、彼岸花、金木犀
四季は巡り、地面は赤黄緑と賑やかな枯葉の絨毯
街路樹のモミジバフウが色鮮やかに染まってきた
母は、スーパーへ行ったら、弁当のコーナーでなかなか動かない。母はぼくと同居する前まで、毎日、スーパーの弁当を買って食べていたそうだ。今もスーパーの弁当が食べたいようだ。ただし、神経質で、以前スーパーで働いていたとき、野菜をちゃんと洗っていないとか、弁当の材料は賞味期限が近づいたものばかりだったとか文句を言っているのと矛盾している。
確かに弁当でもいいのだが、弁当というのは作る時間がないとか、旅行中の電車の中とか、ピクニックに行った時に食べるものだとぼくは思っている。作り手がいるのに、弁当はないだろう。それも弁当屋の弁当ならまだしも、スーパーのを買ってくるのは、料理をしている人間からしたら、嫌な気分だ。
先週のことだが、最近食欲がなくなってきている母にどうすれば、食べてもらえるかと考えた時、スーパーの弁当を見ながらふと思いついたのが、晩ご飯に作った料理を弁当風にしたら、どうかということだ。買って来た寿司の入れものを再利用して、晩ご飯を詰めてみた。
スーパーで、こんなのを買ったら、500円ぐらいかななどと言いながら、食べてもらうのだ。結果は良好だ。以前よりよく食べてくれるようになった。上の写真は焼きうどん、ウィンナー、ミニハンバーグ、ピーマンの肉詰め、ゴーヤの肉詰め、チーズ入りチクワ肉巻き、ポテトサラダだ。他の日も、いろいろ作ってはこの入れ物に入れて食べてもらうようにしている。
白ご飯、麻婆茄子、ポテトサラダ。
ミートスパゲティ、鱈の塩胡椒焼き、ブロッコリー。
以下、その他に作った単品料理を載せる。
ピザ風卵焼き!
挽き肉とピーマン、薄切りポテト、玉ねぎみじん切りを焼いて、皿に取っておく。同じフライパンで薄い卵焼きを作り、その上皿にとっておいたものを載せ、とろけるチーズをかぶせてフライパンで数分熱を加えたもの。
麻婆茄子
麻婆豆腐
最近、日本学術会議について、話題になっているが、その存在意義やあり方については、ここでは言いたくない。ぼくが気になるのは、自民党が年間10億円の妥当性について、検討しているという点だ。
近頃、忘れられているのか、話題にものぼらないが、あの「アベノマスク」についてはどうなったのだろうか?我が家では、そのうちの1枚を、顔の小さい母が数回使ったが、洗う度に縮まり、今はもう人間用のマスクとは思えないほど小さい。
役に立たないマスクに使った数百億円の妥当性については誰も検証しないのだろうか。誰も気にしていないのだろうか。ぼく個人としては、あんなものに大金を使ったことが、今でもひどく気になっている。
政府の金の使い方について、どこかで、監督する外部機関はないのだろうか。学術会議の予算についても、そうした機関があれば、検討することができるはずだと思うが、どうなのだろうか。
近所の公園の睡蓮の花が開いていた。
揺れる水面に浮かぶピンクの花、
まだ、ふっくらとした蕾の睡蓮もある。
これから翼を広げるように開くのだろう。
それにしても、神秘的なたたずまいだ。
何かの吉兆であれば、うれしい。
買い物はせず、ただ近くのバラ園に行ってきた。赤、白、ピンクの花が咲いていた。ただ春バラと違って、賑やかさはない。だが、まだ蕾のものもあり、秋バラは、これからだという。清楚で美しい姿のバラの花と蕾は、今の陰鬱な世の中に明るい見通しを感じさせてくれた。