日々是好日 - Seize the Day

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

ただいま!

 東日本大震災に関して、警察に届け出が出ている行方不明者は2539人だという。残された人たちは今もまだ不明の家族が「ただいま!」と言う声を待っている。

 ぼくの父は戦争に出て終戦後も帰って来なかった。ぼくの祖母や親族は父の「ただいま!」という声を待ち望んでいた。結局、祖母の唯一人の息子、つまりぼくの父は死んだことにして、祖母は養子をとった。

 その後、昭和24年になって、ぼくの父は傷だらけの顔で亡霊のように帰ってきたそうだ。シベリアで抑留生活を数年続けていたのだった。
 父は中卒で戦地に赴いたので学歴がなかった。そんな父が親戚の紹介で製鉄所に入り、必死に頑張った。そして母と結婚し、ぼくたち兄弟が誕生した。父は15歳から24歳までの最も栄養を必要とする時代を戦地と酷い環境のシベリアで過ごした。そのため、血管が弱っていたそうだ。
 結局、1980年のとある日、「行ってきます」と仕事に出かけた後、「ただいま」はなく、職場で突然死した。心筋梗塞だった。戦後の「ただいま」は4年後にあったが、この日の「ただいま」は永遠にないこととなった。
 「行ってきます」「ただいま」という言葉は本当に貴重なものだ。そして、うれしいことばだ。また、それを失うことがどれほど悲惨なことかと思う。
 それを知っている母は、ぼくの「帰るコール」を待っている。少しでも遅れて、電話すると、泣きそうな声で言う
「電車を乗り過ごしたとか、事故にでもあったんじゃないかと心配なんよ。」
 遅れたものの、ぼくが玄関を開けて「ただいま」というと、母は本当にうれしそうだ。ぼくの「ただいま!」に母が喜んでくれること、そこにぼくの生きがいがあるのかもしれない。