日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

ファビング

 「ファビング」という言葉がある。「stop phubbing campain」という運動の中で作られた英語の新語だそうだ。「ファビング(phubbing)」とは、スマホのフォン(phone)と冷遇を意味するスナビング(snubbing)を合わせたもので、スマホに夢中になり、現実に対面する目の前の人を冷遇、無視するということだ。「ストップファビングキャンぺーン」とはその「ファビング」をやめようという運動だ。
 以前からスマホ依存症ということが言われていた。一日中、スマホを手から離さない人が増えている。歩くときも人と話す時も、常にスマホを手にしている。重症なのはどんな時でも、心も目も耳もスマホの世界を向いている人たちだ。何かをしながらスマホを見ている「ながらスマホ」が原因で事故が起きるということもよく聞く。
 最近は、学生が授業中スマホを手から離さなず、時には画面をぼんやりと見ている。昔なら、学生が、授業中に窓の外をぼんやり見ていて、先生に注意されるということがあったが、それが、今ではスマホをぼんやりとみているということか。イヤホンをしてビデオか何かを見ているとかチャットしている者もいる。こうなると、窓の外を見ているのとは違う。現実には授業という場にいながら、心は別世界にいるのだ。
 スマホ依存症は単にスマホに依存しているだけだが、ファビングとなると、相手がいて、コミュニケーションを阻害する。日馬富士が貴ノ岩に暴力を振るった問題も所謂「ファビング」が原因だったようだ。相撲という精神を重要視する日本の伝統的な世界でもそうなのだから、勉強嫌いな学生たちならなおさらだろう。学校の先生たちの嘆きが聞こえるような気がする。そのうち、学校で先生が生徒や学生にファビングが原因で暴力を振るうという事件も起きるのではないかと不安になる。杞憂に終わることを祈っている。


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