小説「はちまん」
今、内田康夫の浅見光彦シリーズ『はちまん』を読んでいる。サッカーくじを話題にしているのだが、おどろかされるのは、文部省が天下り先を用意するためにサッカーくじのシステムを奨励しているという話だ。これが真実ならと思っていたところへ、発生したのが、文科省の「天下り問題」だ。
「今度のサッカーくじ問題などは、その一例と言っていいでしょうね。国は金集めのためなら何でもやるし、役所は省益のためなら魂までも売りかねない。そうだ、浅見さんは知っていましたか?『ナンバーズ』という宝くじが、いつ登場したのか」
訊かれて、浅見は面食らった。
「そういえば、ナンバーズというのは、気がついたらいつの間にか普及していましたね。あれはいつ頃できたのですか?」
「正確にいうと、平成六年十月に地域限定で発売が始まりました。翌七年の四月には全国での発売が開始されています。ところで、このナンバーズですが、開発と運営はどこがやっていると思いますか。」
「いや知りません。ナンバーズそのものも、まったく買ったことがないし、見たこともないのですから。しかし、常識的に考えれば、大蔵省かそれとも自治省か、あるいは都道府県ですかね?」
「そう、発売は一応、全国都道府県です。しかし、開発と運営の母体は株式会社です」
「えっ、ほんとうですか?」
「本当です。株式会社日本宝くじシステムというのがその名称です。自治省が音頭を取り、都道府県および政令指定都市が出資してできた、れっきとした民間会社なのですよ。その会社がNECと共同でシステムの開発と運用に当たっているのです。宝くじとはいえ、ふつうの、あらかじめ数字が印刷された宝くじとは違い、・・・
「・・・国が国民にギャンブルを奨励しているようだ。」
「まさにその通りです。宝くじシステムというけれど、早い話、これは国と自治体総ぐるみの集金システムですよ。しかも自治省の新しい天下り先でもある。現に、発案者である初代社長は元の自治省事務次官です。」
「それにしても、なぜそんなものを作ったんですかねえ?」
「ですから、要するに国も自治体も金が欲しいのです。バブル崩壊で法人税も所得税も激減して、さりとて消費税をそうそう上げるわけにはいかない。そこでなりふり構わず金集めの方法を考え出したのです」
松浦はだんだん悲しそうな顔になっていった。
「その趨勢の延長線上にサッカーくじがあるというわけです。しかも、それを文部省がやろうというのだから、もはやモラルも何もあったものじゃない。めちゃくちゃです。その話が省内に流れたとき、僕は上司に食ってかかりましたよ。上司も辛そうな顔をしていましたが、僕があまりしつこいので、最後には怒りましたね。おれにどうしろと言うのだとね。定年間近い上司の泣きそうな顔を見て、僕は沈黙しました。文部省の良識はこれで死ぬのか—と思いましたよ。しかし僕は死ぬわけにはいかない。ことあるごとにサッカーくじには反対意見を述べつづけてきました。・・・」
国が奨励して、ギャンブルのシステムを作り上げているというのだ。「カジノ法案」もその延長線上にあるのかもしれない。
内田康夫の小説をうのみにするわけではないが、だが、日本中を眺めていると、あきらかに異常だと思わざるを得ない。内田康夫といえば、テレビでもやっている「浅見光彦」のシリーズだ。「浅見光彦」と言えば、思うのは、東京都北区に実在するかのように思われる架空の人物だ。柴又の「寅さん」、小倉の「富島松五郎」、亀有の「両津勘吉」と同じくらい存在感がある。
テレビでよく見かける浅見光彦であるが、パチンコ業界と警察の癒着を取り扱った作品、それから、「はちまん」のように文部省の天下り問題を取り扱った作品はなかなかドラマ化されない。そこには、ドラマを作る側が、いわゆる「忖度」のような自主規制をしているのかもしれない。