八木重吉の「心よ」
心 よ
こころよ
では いつておいで
しかし
また もどつておいでね
やつぱり
ここが いいのだに
こころよ
では 行つておいで
学生時代、ぼくには真の友といえる友達は一人しかいなかった。しばしば彼の下宿へ行き、彼の歌を聴き、彼が作る食事を二人で食べていた。
ぼくたちはいつだって二人きりだった。ぼくには他にも単なる友達あるいは知り合いが多くいたが、彼にはぼく以外の友達がいなかった。
ぼくが彼と歩いていて、ぼくの友人が声をかけてきたら、彼はすっと離れていった。ぼくにとって本当に貴重な友達だった。ぼくは彼を大事にした。だが、今彼の記憶は次第に薄れつつある。
薄れつつある記憶の中で忘れられないことがある。彼の部屋を訪れ、さあ、帰ろうとしたとき、ドアの上に貼りれてあった詩だ。
「こころよ では 行っておいで!」
ぼくはいつもこの言葉を見ながら、彼の部屋を出て、翌日また彼の部屋を訪ねた。