スマホ中毒
日本語の「震える」という言葉を教えていて、「手が震える」という用例が出てきた。
「手が震える」というと、ぼくが通った高校にいたアルコール中毒の先生を思い出す。と言っても、その話は大学から教育実習のため、母校に戻った時、聞かされた話だ。国語科教員室に入ったら、他の先生から、
「どうぞ、この机に座ってください。」
そう言われて座ったら、指導教官がさらに話を続けて話してくれた。
「この席はS先生のものだったんですが、先日亡くなりました。朝、バス停に走って行ってる途中、ばたりと倒れたのです。A先生、実はアルコール中毒だったんです。授業の合間には、机の下に隠しておいたお酒を飲んでいたんです。30歳の若さで亡くなったのも、やはり、アルコールのせいでしょうかね。」
そう言われて、ぼくは、S先生がぼくたちに教える時、いつも手が少し震えていたのを思い出した。
その日から、ぼくはその机で2週間の教育実習をしながら、毎日のようにS先生のことを思っていた。アルコール中毒の先生、お気の毒なことだ、アルコールがないと手が震える先生、若くして亡くなられた先生、実にもったいないことだと思ったのを覚えている。
ところで、ぼくはこのS先生の話を留学生の前で、以下のように簡単に話した。
「ぼくが高校生の時、先生の中にアルコール中毒の先生がいました。授業中はお酒が飲めないので、時々手が震えていました。」
そう言いながら、学生たちを見たら、数人の学生がこちらを見ないで、ただひたすらスマホの画面に見入っていたのに気が付いた。そこで、ぼくは「スマホ中毒」の話も付け加えた。
「スマホが手元にないと不安でたまらなくなる人がいるそうですが、これは『アルコール中毒』ではなくて、『スマホ中毒』と言います。スマホを絶えず手にしている人、本当に増えましたね。もしかしたら、スマホを取り上げられたら、手が震えるかもしれません。」
その学生たちに、「あなたたちは中毒症状だよ」と言いたかったのですが、その話も耳に入っていない様子だった。どうやら、スマホ中毒には周りの音も声も聞こえなくなるという症状があるようだ。そして、本当に手が震えるかもしれない。アル中ならぬ、スマ中は周囲が見えない聞こえない、危険が迫ってもわからない。その上、手が震え出すかもしれない恐ろしい中毒だ。たまにはスマホを見えないところに置いて、数時間過ごすことが必要だ。