日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

梅開花!


 来週から仕事に復帰することにした。職場にも連絡したが、少し不安がある。一つは睡眠のリズムがまだ整っていないこと、もう一つは体力的に自信がないことだ。


 この2週間、病気のためほとんど外出していない。外出は通院のためバス停までの距離と駅から病院までの距離とあわせて500メートル、往復で1キロ、それを2度歩いただけで、その他の時間は家の中をうろうろしている。


 そこで、今日はちょっと冒険してみた。3時半ごろ家を出て、近くの山に登ってきた。山と言っても、15分ほどで頂上に着く低い山で、日ごろから散策している山道だ。その途中、林があるのだが、その林の中の梅の木に一輪か二輪、花が開いていた。


 ニュースによると、日本の各地で梅が咲き始めているという。旧暦で考えると、納得する。例年2月にやって来る旧正月が今年は1月28日なのだ。あと9日ほどで旧正月だ。毎年2月の旧正月前に開く梅が今年も同じ時期に咲き始めるということに過ぎない。


 梅の花を見られただけで、何となく楽しい気分になった。それに、体力的にも問題はないようでほっとした。後は体力を十分に回復させて、今週中に知力と気力を充実させることだ。春も近い。心身ともに充実させたいと久々に前向きな気分になった。

無人化?

 久しぶりに大病院に行って、まるで浦島太郎のように、病院の中の無人化されたいくつかのシステムに驚かされた。


 診察券を無人の機械に入れると、診察のA5大のシートが出てくる。それをクリアファイルに挟み、診察を受ける科へ持っていく。診察が終わって、そのシートを受付に持っていくと、バーコードの記された番号カードをもらう。その番号が掲示板に示されたら、無人の会計機にバーコードを示す。そして、画面に示された料金を払う。診療明細なども希望すれば出てくる。支払いが終われば、病院の外にある薬局に行き、そこで、処方箋を機械に入れると、同様に番号カードが出る。窓口の上部にあるモニターに番号が示されたら、薬ができたということだ。


 番号カードで思い出すのは回転寿司店、店に入って、来店人数と、カウンター席かボックス席かの選択をし、確認ボタンを押すと、番号カードが出てくる。その番号で呼ばれて、席へ案内される。注文もタブレットをタップして、何を何人分とか指示すれば、しばらくして、注文した寿司がレールに乗ってやってきて、目の前に止まる。居酒屋でもタブレットを使って注文しているところが多い。


 無人化と言えば、もう一つ思い出すのが、20年ぐらい前、いろいろな金貸しの会社が無人で借りられますと言って、自宅の周りにあちこち無人金貸しボックスを設置していた。入ったことはないが、何か不気味なものを感じた。考えてみれば、駅の改札やバスカードなどはとっくに、無人化されている。定期を確かめたり、切符にハサミを入れたりすることなどなくなってしまった。


 時代が変わり、次々と機械化が進み、人がいなくなる。ギョーザのように人間の掌が行う微妙な作業まで機械に代わりつつあるという話も聞いた。タクシーやバスもそのうち、機械が、所謂ロボットが運転するようになるのかもしれない。舎人ライナーとかゆりかもめは既に自動運転になっているという。このままでは、機械がすべての仕事を人に代わってするようになるのではないか。将棋や囲碁などのゲームの世界でも機械が人を超越しそうだ。また陶芸にしても、機械が名人と全く同じものを作ることができる時代が来るという話もある。人間の仕事のすべてが機械に奪われてしまいそうだ。


 そこで思い出されるのが、最近、通っている病院の場合だが、結局、数人でやっていた仕事を、今、一人の人間と数台の機械がこなすようになっている。そして、その一人の人間はやたらと忙しそうだ。やはり、機械ではできない部分があるに違いない。そして、その部分こそが最も大事な部分なのではないだろうか。もしも、すべて機械がやったら、必ず問題が発生するだろう。SF映画などでは将来、機械が人間を支配する社会が来るという。だが、そこには人間のモラルが必ずブレーキを掛けられると信じている。

イチゴ!

 このところずっと、排尿の間隔が長く持たないため、夜は、1~2時間ほど寝ては起きてトイレへ行くということを繰り返している。昨晩はその1、2時間の間にほとんど眠ることができず、睡眠不足のまま7時に布団を出た。急いで準備して、家を出て、8時半前に病院に到着して、受付を終えた。


 9時までに検尿と血液検査のための採血などを済ませ、9時過ぎ、診察室に入る。医師が器具を取り外して試してみましょうという。取り外した後、排尿機能が正常かどうか確認する。それから、血液検査の結果が出るまで待つ。10時過ぎ、再度診察室へ。医師によると、前回見つかった血液の異常も消えたということで、ほっとした。これで、平常の生活に戻ることができる。


 と言っても、衰えた体力、狂った排尿のリズムなどは、今日の夕方の段階で、まだまだだ。しばらくかかりそうだ。薬はさらに2か月ほど飲み続けることになる。受付まで戻り、会計を済ませた。会計は機械に支払うことになっている。進んだ機械化になかなか慣れない。それから、外にある薬局まで行き、薬を買う。ここも機械化が進んでいる。処方箋を機械に入れ、出てくる番号札を持って待つ。薬のほうが医療費より高いのは意外だった。ともあれ、これで解放だ。少しうれしい気分で、晴れた空の下、薬局を出て、駅に向かった。


 帰りの電車の中ではほとんど寝ていた。気持ちのゆとりがあるせいか、最寄り駅のスーパ―でかなり買い物した。店頭にイチゴの「とちおとめ」が売ってあった。店内のものと比べるとかなり安い!「大小不ぞろいだが、味は同じ!」とある。もう何十年も食べたことのないイチゴだが、今日は食べたい気分になった。ミルクも買った。ビールも買った。完治とはいえないまでも、とりあえず治ったのかなという気分で、お祝いすることにした。ともあれ、これで回復に向かっているのは間違いない。


オリンピックのマスコット!

F「2020年東京オリンピックのマスコットを決める会議が始まったそうね。」

M「何で、マスコットが要るんだい?」

F「あったほうがいいでしょう!前回の東京オリンピックの時はなかったの?」

M「あるわけないだろう!」

F「どうしてなかったの?」

M「だって、当時、漫画とか縫いぐるみは子供のものって決まってたんだよ。そんな時に、もしも、クマモンみたいのを作って熊本を宣伝してたら、みんなに馬鹿にされちゃうよ。当時は大人社会だからね。」

F「でもさ、やっぱり今の時代を見てよ。フナッシーもクマモンとかかわいいわ!プロ野球のドアラとかツバクローも見てるだけで楽しくなっちゃうわ。今の時代は当時とは違うでしょ?」

M「そうだね。漫画を読んだり、アニメを見た子供がそのまま大人になって、かわいいものに夢中になる大人も増えて、みんなが子供みたいになっちゃったからね。猫とか犬とか見て『かわいい!』なんて夢中になる大人も多いし。時代が違うんだね。」

F「あなたはただの時代遅れなのよ。」

M「そう言ってくれるとうれしいよ。ありがとう!」

F「で、どんなマスコットがいいと思う?」

M「そうだね、ドラエモンでいいんじゃない。それか、安倍首相が扮した何だっけ、
あれ?スーパーマリオ?ゲームの世界の奴!」

F「スーパーマリオも知らないの?」

M「知ってるけど、あれも子供の世界のものだよ。あっ、そうだ。新しいポケモンを作って、そいつをオリンピックのマスコットにしたらどうだい?世界中の人が集まって、ポケモン探しに夢中になるなんて面白いと思うよ。」

F「それ、いいかも、何種類か作ってさ、ポイント制にしてさ。」

M「そうだね。みんなオリンピックを見ないで、ポケモンを捜し歩いてたりして。世界中の人たちは何をしに来たのか意味不明になっておもしろい!」

F「茶化さないで、真剣に考えて!」


M「あほらしくて考えてられないよ!」


F「でも、これがオリンピックの成功につながるかもしれないんだから、やっぱり、みんなで真剣に考えてほしいわね。」


M「わかった!わかった!勝手に考えろよ!」


阪神・淡路大震災!

 平成7(1995)年1月17日朝、ぼくはいつもよりかなり早い時間に起きて、某高校のスキー修学旅行に引率者の一人として参加するため、駅へ向かった。集合場所に着いたのは6時少し前だった。大勢の黒い学生服の集団の前に、同僚の教師や旅行社の人たちが集まっていて、何か深刻な顔をしていた。何事かと聞いたら、神戸で大きな地震があって、新幹線が動いていないという。


 旅行社の提案で、結局、船で大阪へ向かうことになった。バスで移動し、港から乗船、まだ朝は明けていなかった。瀬戸内海を移動する間に次第に空が明るくなっていく。そのうち、神戸沖を通過する。船の北側を見ると、神戸の街が真っ赤に燃え上がっていた。この時には地震の詳細がある程度知られていた。ニュースによれば、この日午前5時46分ごろ、瀬戸内海を震源とするマグニチュード7の大地震が兵庫県南部で発生したということだった。神戸で燃えている火は、木造家屋が多いため、火災が広がったということだ。教師も学生も声も出さず、不安な表情で、その火事の様子をじっと見ていたのを今も覚えている。


 大阪に着いたら、またバスに乗り、長野県に向かった。車窓には次第に白銀の世界が広がり、みなそれぞれに感動し、わくわくしている様子だった。そして、スキー場に到着しいよいよ三泊四日の修学旅行が始まったが、誰もがこれからの数日間のことを思うと、楽しみであると同時に、おそらく、ぼくも含めて、心中、地震のことを思って、素直に喜べない気持ちだった。


 「阪神・淡路大震災」の被害はかなり大きく、死者は6434名、負傷者43,792名、避難者数ピーク時316,671名、全焼約7000棟だという。被害総額は10兆円を超えたそうだ。だが、さらに重要なことは都市直下型の地震であること。木造家屋が密集していたため火災が広がったこと。神戸を中心にしたライフラインが寸断されたことなどがあげられる。今後は東京で都市直下型地震が発生したらどうなるのかということも考えなければならない。


 今思い出すと、あれから、22年も過ぎたのだなと感慨深くなると同時に時の流れの速さに驚く。今年、成人式を迎えた人たちはこの大震災を知らない。事故も事件も人々の記憶から次第に風化していくものだが、災害は忘れたころにやってくるという。時代は刻々と変化していく中、信じられない出来事が次々と起こる。その中で、決して忘れてはならないことがある。


 今、ぼくは、当時のことを思い起こしながら、心から死者に黙とうを捧げ、被災者及び遺族たちの心身の回復を祈り、健康を祈る。