日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

カラフル!


二日前に見たもみじ、まだまだ赤い色に黄色や緑が混ざっている。


マンション前にある山、白い空の下、赤、黄、緑、それにオレンジ色も加わっている。
絵具をぶちまけたような色、

苦痛!

先週までは風邪で喉や鼻水に苦しみ、先週から今週にかけては膝と腰の痛みに苦しんだ一週間だった。特に満員電車がこたえる。金曜日の夜は解放感でいっぱいになる。二日間、ゆっくり静養できる。友人との会合もキャンセルした。紅葉の時期、どこにも行けないが、仕方ない。


暖かい昼間は大丈夫だが、朝と夕方ごろに痛みだす。痛みを毎日抱えていると、ふと思うことがある。それは痛みを知らなければ、人の痛みはわからないということだ。
肉体的な痛みを感じてきたことで、同じように肉体的な痛みを抱えている人の気持ちを理解できる。


精神も同じだ。過去にどれだけ精神的な痛みを感じて来たかが重要だ。精神的な痛みと言えば、いじめられたこと、疎外されたこと、人と相いれない自分に悩み苦しんできたこと、そういう人はたくさんいる。世間の流れの中で異邦人のような気分になったこと。
そういう気持ちをたくさん持ってきたことが、おそらく人の違和感も理解できると思う。


もっとも種類が違うということもある。しかし、自分がこの世の流れの中で何か違うと感じた人と共有できるものがぼくにはある。世間の流れの中にどっぷりとつかっている人とは違う、違和感の中に生きている。そんな苦痛をぼくは絶えず持ち続けている。

派出所と交番

 言葉の変化は著しい。中国語を勉強していて、日本語の言葉の変化に気付くことが多い。
 以前、中国にいた時、小さなボックスのようなところに警察官が詰めていて、その名前が「派出所」だった。名前は「派出所pai4 chu1 suo3/パイ\チュウ-スオ_」という。これを見たぼくは思った。今の交番のようなところを昔は日本でも「派出所」と言っていたような気がする。電子辞書の大辞泉で調べてみた。


・交番:1994年、派出所の正式名称になる。
・派出所:交番の旧称(大辞泉)


 なるほどと思いつつ、1971年の広辞苑を調べたら、以下のようになっている。


・交番所:派出所の旧称。
・派出所:巡査派出所。


 ということは、以前、日本では「交番所」といい、「派出所」に代わり、今は「交番」となったということだろう。それが中国では今、「派出所」を使っているということだろう。

流行性感冒!

「都内のインフルエンザの流行が始まりました」
というニュースを聞いて、何かいいものがと一瞬誤解しそうだった。


 インフルエンザには二度かかったことがある。一月のある日、高熱があったので近くの内科に行ったら、軽く、「インフルエンザですね」と言われた。それから数日休み!
 二度目は6年前だったか、母と一緒にインフルエンザにかかり、病院に一緒に行った。これまた軽く「インフルンザですね」と言われ、それから土日もはさんで1週間休んだ。
アルバイトでもないのに、給料を1週間分差し引かれた。二度とかかりたくないと思った。
 ところで、中国語を勉強していておやっと思うことがある。中国語ではインフルエンザを「流行性感冒」という。読みかたは「Liu2 xing2 xing4 gan3 mao4」、カタカナで書いたら、「リュウ/シング/シング\ガン_マオ\」。日本語でもかつては「流行性感冒(りゅうこうせいかんぼう)」と言っていた。いつから「流行性感冒」と言わなくなったのだろうか。


 電子辞書の大辞泉を調べると、


・流行性感冒:→インフルエンザ
・インフルエンザ:インフル-エンザウィルスを病原とする急性の呼吸器感染症。


 ちなみに、手元にある『広辞苑第二版』(1971)で調べると、以下のようになっている。


・インフルエンザ:→流行性感冒
・流行性感冒:インフルエンザ-ウィルスによって起こる急性伝染病。


 明らかに時代が変わり、流行性感冒がインフルエンザに代わって使われるようになったということだ。

11月末!

霜月が師走にバトンを渡す時、
すでに冬は始まっているが、
秋はまだ終わってないと感じる時期、
寒さがだんだん迫って来る。



山茶花の赤い花が咲き、
銀杏の黄色い葉の落ちて、
可愛い紅葉が真っ赤に染まる、
赤や黄や緑の入り交じる季節だ。


コートとマフラーが目立ち、
マスクをした人も増えてくる、
着ぶくれした人たちが乗りこむ電車内、
満員電車が余計に込んでいると感じる。


そんなころ、ぼくは心身の痛みに
足を引きずりながら、
緑の見えない都会の片隅で薄暗い道を
とぼとぼとぼとぼと歩いている。