日々是好日

無知による思い込みが偏見を生み、人間の持つ煩悩が憎悪を生む。

寒い!

今朝は寒さに、左足のすねが吊って、がまんできず、目が覚めた。
雨がじとじと降り続ける一日、
暗いニュース、見苦しいニュース、ぞっとするニュースが流れた。


80歳代の夫が70歳代の妻の顔をドライバーで刺したとか
40歳代の男が20歳代の娘を襲って、下着を盗んで逃走したとか
人身事故で対応していた20歳代の駅員が高架から飛び降たとか


豊洲市場移転ではなぞの空間が話題になっている。
どこかの市議たちがみんな不正に私腹を肥やしている。
モンジュでは何兆円も税金を無駄遣いしている。


おぞましい事件、憎むべき事件に彩られる秋分の日、
鳥肌が立つ、寒すぎる一日。
日常の平穏、平安、平和を祈るだけだ。


涼しさも彼岸まで!

 「暑さ寒さも彼岸まで」とよく言われる。昨年までは本当に毎年のように彼岸を過ぎるとすっと涼しくなっていた。それが今年は違う。奇妙な天気が続いている。何かしら不安を感じさせる最近の天気だ。


 どうも今年の天気は様子が違う。涼しい日が続いていて、秋彼岸にならないうちに電車内でゴホンゴホンと咳をしている人や、風邪を引いてマスクをしている人も少なくない。何かがおかしいと感じる。さらに、不思議なのは、彼岸を過ぎるとまた残暑が戻ってくるということだ。「涼しさも彼岸まで」という奇妙な天気だ。台風のせいもあるだろうが、何となく異常だ。


 やはり、何か自然のサイクルに狂いが生じているのではないか。便利さを追求し、文明を発達させ、自然をないがしろにしてきたつけが回ってきているのではないだろうかと思われて仕方がない。


 ふと思うのがティラノザウルスだ。何万年も間、地球上の王者として君臨した恐竜が絶滅した。隕石落下によるということは言われているので、恐竜たちに責任はないのだろうが、「盛者必衰」の理ということばがあるように、栄えるものも必ず滅びるのだ。いつか人類も滅びる日が必ず来るにちがいない。人類が滅亡するとしたら、おそらく人類自身が自ら滅ぼすような気がする。SF小説に見られる予測はかなり当たっているだろう。


 我々はここまで発達してきた。広島の「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」という慰霊碑をぜひとも、全人類が共通の合言葉にしてほしいと思う。人類存続のため、自然破壊をやめ、森林を保存するとともに、人類破滅のもととなる原水爆の使用禁止をぜひとも進めてほしいと願う。

災害は忘れないうちにやってくる!

 「災害は忘れたころにやってくる」というが、今年の場合、「災害は忘れないうちにやってくる」ようで、台風、地震と相次いでいるから、いつも災害を意識して、気象情報を毎日見ていると、先日、南太平洋で発生した台風16号は、東シナ海を西に移動し、台湾、中国に近づいたかと思うと、突然、Uターン、東に向かい、今日未明、九州南部に上陸、それから四国南部をほんの少し削り、紀伊半島に再上陸、そのまま横断し、愛知県を通過、静岡県沖に南下、温帯低気圧に変わったそうだが、日本に近づいてきたおとといから昨日にかけては九州に、今日は近畿、関東、東北に豪雨をもたらし、各地に多くの災害をあって、思えば、今年は自然災害が続いており、それは人間の傲慢さに怒りを示す神のごとく感じられるほどで、人類のみならず動物や自然に対しても、もっと畏敬の念を以て、接しなければ、神の怒りはしずまることもないと思ってしまうほど、そう!民族対立、人種差別、動物虐待、自然破壊、大量虐殺、核兵器などすべてを拒絶し、恩愛、謙虚、倫理などをもって、われわれの足元にある地球を、そして世界を大切にする気持ちを後世に伝えていくことこそ我々の大切な仕事、そうしなければ、天変地異がおさまることなどないのではないだろうか。

9月20日は空の日

 なぜ、9月20日にしたのかははっきりしないが、20日は空の日。マスコットは「くにまるくん(920)」。20日から30日までは「空の旬間」とされている。


 戦前、1910年に徳川好敏、日野熊蔵が動力飛行に成功したことに始まり、1940年、9月28日を「航空日」とされたが、翌年9月20日に変えられた。「航空日」は戦後一時期廃止されたが、1953年復活。そして、1992年、民間航空再開40周年を記念して、「空の日」と改称された。


 いずれにしても、私は空が好きだ。空は心の鏡のように思うときもある。同じ心がないように同じ空もない。一期一会を感じる。だから、しばしば空の写真を撮る。晴れていても、曇っていても、それなりにいい。明日から十日間、空の日にちなんで空の写真を撮りたいと思う。


 ところで、空にちなんだ和歌をひとつ。


 空はなお霞みもやらず風冴えて雪げにくもる春の夜の月/新古今集・藤原良経


(もう春だというのに、空はまだ霞むこともなく、風は冷たく冴えて雪模様に曇っている。そんな春の夜の月だよ。)


 「そら」と言えばもう一つ河合曾良の俳句を思い出す。


 行き行きて倒れ伏すとも萩の原(おくのほそ道)


 (病身ながら、旅に出て行き倒れてしまいそうだが、美しい萩の咲く野で死ぬのならそれも本望だ。)


 夜宵(よもすがら)秋風聞くや裏の山(おくのほそ道)


(師と別れ、一人この寺に泊まったが、一晩中まんじりともせず、裏山に吹く秋風の音を聞いていたよ。)


敬老の日雑感!

 百歳以上の高齢者が6万5千人を超えたそうだ。毎年、百歳になった人には政府から銀杯が贈られてきたそうだが、今年は予算削減のため銀メッキの杯になったそうだ。


 飛島村では長寿のお祝いに90歳になったら、20万円、95歳になったら50万円、百歳になったら100万円贈られるそうだ。また、温泉も無料で入れるとか、いろいろな特典があるらしい。


 特典といえば、横浜市では70歳以上になると横浜市内で乗ったり降りたりする場合、それから市営バス、市営地下鉄などにも格安で乗れるということだ。


 福祉政策として「揺りかごから墓場まで」ということばが言われたことがある。生まれた時から死ぬまで福祉制度を充実させるということだが、例えば、スウェーデンでは消費税が25%で、それをもとに、赤ちゃんが誕生しても、育てやすい。老後は安心できる国だという。


 65歳から69歳の男性の半分が、女性の3分の1が働いているという。定年退職した人は、昔、悠々自適の生活を送っていた。それが、今では年金では足りない老人たちが生活苦に悩まされている現状もある。理想の国には程遠い気もする。