日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

永六輔氏大往生!上を向いて歩こう!

『大往生』の著者、永六輔さんが亡くなった。享年83歳。


彼の作詞で有名なのが「上を向いて歩こう」だ。1985年8月の日航機墜落事故で亡くなった坂本九が歌った。この歌にはずいぶん励まされた。「上を向いて歩こう!」「悲しみは雲の上に、悲しみは空の上に!」悲しい時、いつもこの歌を口ずさんだ。


彼の死を悼み、歌詞を記録しておく。


「上を向いて歩こう」

歌:坂本九 作詞:永六輔 作曲:中村八大


上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す 春の日
ひとりぼっちの夜


上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて

思い出す 夏の日
ひとりぼっちの夜


幸せは雲の上に
幸せは空の上に


上を向いて歩こう
涙がこぼれないように 
泣きながら歩く
ひとりぼっちの夜


《口笛》


思い出す秋の日
ひとりぼっちの夜


悲しみは星の影に
悲しみは月の影に 


上を向いて歩こう 
涙がこぼれないように 
泣きながら歩く 
ひとりぼっちの夜
ひとりぼっちの夜


永六輔さん、いろいろありがとう!


人生と勉強

人生は一生勉強だ。


だが、勉強は嫌いだという人が多い。

勉強とは学校で習う英語とか数学だけではない。


今日、失敗した、よし明日はこうしようと思う心は誰にでもある。

それが勉強だと思う。

人生はつらいものだ、だが、人生をよりよくするために勉強するのだと思う。


実は国語も社会も英語も数学も理科もすべて人生をよりよくするための勉強なんだと思う。


賢く生きたいと思わない人はいないと思う。

賢いとは人生を生き生きと生きるために必要な知識や意見を持っている人を言うのだと思う。けっしてずるがしこいとか、成績がいいとかいうのではない。


学校の成績は悪かったが、賢い生き方をする人をたくさん見てきた。

反対に学校の成績はよかったが賢いとは思えない人もたくさん見てきた。


人生を一つの勉強の場だと思い、ひとつひとつ課題をクリアしていく精神があれば、どんな苦難も楽しいものだ。


テストもそう思えば楽しいし、仕事上の難しい問題に直面したときは、テストなんだ、よし、何とかクリアしようと思える。


ゲームとは違う。ゲームはもう一度戻れる。敵を殺してもいい。そんなゲームとは違うリアルな場が人生であり、そこに楽しみがある。


わたしはこれまでいっぱい失敗をしてきた。取り返しのつかない失敗もある。だが、それでも人生を楽しみたいと思っている。そのためには絶えず、今ある現状を苦しいと思わず、ただリアルな場面で勉強しているのだ。死ぬまで勉強しているのだと考えるようにしている。


そして失敗も成功もあっていいのだ。ただ、注意していることは、三省の心だ。

人生の楽しみ

人生の楽しみはいたるところにある。

だが、わたしの母はすべてを見逃して、人生はおもしろくないという。

わたしにとってこれが一番悲しいことだ。


人生にはいたるところにチャンスがある。

だが、私の教える学生たちは、チャンスを見逃して、チャンスがないという。

わたしは教師としてこれがもっとも残念なことだ。


人生において学べることは至るところにある。

友を選ばず、多くの人に接すればそれだけ学ぶことは多い。

だが、わたしはこれが苦手だ。

人と接することが大の苦手なのだ。


人は多くの人生の楽しみをつかみ損ねていると思う。

人は多くのチャンスをつかめるのにつかみ損ねている。

積極的にならなければならない。

いや貪欲に知識を出会いを追い求めるべきだ。


若さはその意味で財産だ。

参院選!

わたしは正直に言おう!

平和憲法は世界に誇るべき憲法だ。これを変えることについては反対だ。


アベノミクスは経済を進めると言いながら、庶民の生活は苦しくなっている。実際、私の母の年金は減りつつあり、私の給料は増えないのに、健康保険料が増えている。生活はぎりぎりだ。ただ、毎日、節約生活を続けている結果、困窮しているわけではない。ただ贅沢は敵だという生活だ。それでも、聞けば、貧しい子供や高齢者が増えているという現状がある。それでも今の政府は大企業優先の政治を行っている。


自民党はこれまで、憲法を変えて、自衛隊ではなく軍隊、あるいは国防軍を作りたがっている。それは知っている。それと常に大企業優先の政策だ。庶民は頭にない。かつての麻生首相は500円のカップラーメンを見て、「安いね!」といったそうだ。わたしは100円以上のカップラーメンなんて買ったことがないのに。


今回の選挙で、困ったのはわたしが好む中道派の民進党が共産党と結びついたことだ。共産党は庶民の味方だが、みんなでいっしょに貧乏になろうという党だ。中国共産党もすでに名ばかりになり、真の共産主義を放棄している。もし、本気で共産主義を実践したら、おそろしい。


一方、与党でおそろしいのは宗教が作った公明党だ。もしものことだが、公明党が単独で政権を握って、創価学会の人たちだけで、政府を作るなんてことになったら、考えるだに恐ろしい。自民党にしても同じだ。今の内閣のほとんどが神道に偏った人たちだそうだ。すでに恐ろしい事態になっているのだ。


いったいこの国で宗教から自由な政治家はいるのだろうか。誰に投票すればいいのだろうか。悩んでいるうちに、誰にも投票できないと思った。いや、それでも何かを変えてくれる人がいるのではないか。


唯一つ、民主主義の立場に立った人を選んで投票するほかない。そうして選んだ人が間違っていたのかもしれないが、それでも投票できることが大切なのだと思って投票した。

困っても困らない

わたしは今困っている。どうしたらいいのか、どうしようもないと。
そんな時、松下幸之助の『道』の中の文章「困っても困らない」を読んだ。
全文引用する。


「ひろい世間である。長い人生である。その世間、その人生には、困難なこと、難儀なこと、苦しいこと、つらいこと、いろいろとある。程度の差こそあれだれにでもある。自分だけではない。
 そんなときに、どう考えるか、どう処置するか、それによって、その人の幸不幸、飛躍か後退かが決まるといえる。困ったことだ、どうしよう、どうしようもない、そう考え出せば、心が次第にせまくなり、せっかく出る知恵も出なくなる。今まで楽々と考えておったことでも、それがなかなか思いつかなくなってくるのである。とどのつまりは、原因も責任もすべて他に転嫁して、不満で心が暗くなり、不平でわが身を傷つける。
 断じて行えば、鬼神でもこれを避けるという。困難を困難とせず、思いを新たに、決意を固く歩めば、困難がかえって飛躍の土台石となるのである。要は考え方である。決意である。困っても困らないことである。
 人間の心というものは、孫悟空の如意棒のように、まことに伸縮自在である。その自在な心で、困難なときにこそ、かえってみずからの夢を開拓するという力強い道を歩みたい。」


 これは座右のことばになる。そう思った。


 だが、今、もう一つ思うことがある。与党党首のことばだ。彼はどんなに「困っても困らない」。いつも「困難を困難とせず、思いを新たに、決意を固く」前へ進もうとしているように見える。あの人の信念は固いと思った。反対でも賛成でもなく、ただそう思った。