日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

ポケモンGO!

アメリカ、オーストラリアで配信されたポケモンGO!
これが人々を中毒にしているという。


このニュースを見て思うのはかつてのアヘン戦争だ。
恐ろしいことだ。


日本に上陸すると、おそらく仕事も学業もストップしてしまうだろう。
世界は中毒者でいっぱいになるのだろう。


誰が開発するのか知らないが、これはまるでコンピュータウィルス相当の恐ろしい病だ。


こんな恐ろしいゲームを開発する人たちは世界の未来をぶっ壊していると言える。


未来なんてない。


彼らの開発したゲームが人類をおばかさんにしてしまう。


一億総白痴化。


テレビが普及したときのことばが今また、人々を陥れる。


漫画が人々の知性を落とし、今度は任天堂の愚かな発明が人々をどん底に落とし込む。


テロよりこちらのほうが恐ろしいと思う。


全世界が馬鹿になる!

世界平和を祈る!

フランスでまたテロ事件があった。

日本でもどこでテロがあるかわからないという。

これからフランスへ行く人が言っていた。

「できるだけ有名なところへ行こうと思います。」

それこそ危ないと思われる。


テロを行う人たち、あるいは、無差別テロ、無差別殺人を行う人たちはどこにいるかわからない。まるで、無法地帯のようなものだ。何か不安を感じる。日本は銃が禁止されているものの、トラックで無差別に人を殺されたのでは本当に不安になる。


アメリカでは銃の所持が当然だというが、日本では禁止されている。せめて世界中で銃を規制してくれれば、何かが変わるような気がする。もっと言えば核爆弾を禁止してくれれば、安心だ。


銃は恐ろしい武器の中の一つだ。核爆弾はひとつあれば数万人を殺せる。銃はひとつあれば、数百人殺せる。自動車は一台あれば、数十人殺せる。


あらゆるものが人を殺す武器になりうる。移動手段として便利な道具さえ殺人の道具に使われるのは許せないが、殺人の道具でしかない銃はもっと早く規制されるべきだ。


世界から人殺しの道具が消えることを祈りたい。そして、便利な道具を殺人の道具に使わないでほしいと願う。


ただ、祈ることは世界が世界の平和を祈る人でいっぱいになることだ。


明珠在掌(みょうじゅたなごころにあり)

己の内なる宝


素敵な人を見てはあれがいい、これがいいと、

あちこちと宝をさがしたところですべて他人のもの。


自分自身のいいところを発見すべし

己の内を見ないことには宝は見つからない


自分をさげすんでいないか

自分をありのままさらけだせ


そこから己の宝を見つけ出し

そしてアクセルを踏み込め


たとえ成功への道はすぐには開けなくても

それが自分の生きる道


己の宝を磨けば己の最大限の人生は開ける

宝は己の中にあり。


永六輔氏大往生!上を向いて歩こう!

『大往生』の著者、永六輔さんが亡くなった。享年83歳。


彼の作詞で有名なのが「上を向いて歩こう」だ。1985年8月の日航機墜落事故で亡くなった坂本九が歌った。この歌にはずいぶん励まされた。「上を向いて歩こう!」「悲しみは雲の上に、悲しみは空の上に!」悲しい時、いつもこの歌を口ずさんだ。


彼の死を悼み、歌詞を記録しておく。


「上を向いて歩こう」

歌:坂本九 作詞:永六輔 作曲:中村八大


上を向いて歩こう
涙がこぼれないように
思い出す 春の日
ひとりぼっちの夜


上を向いて歩こう
にじんだ星を数えて

思い出す 夏の日
ひとりぼっちの夜


幸せは雲の上に
幸せは空の上に


上を向いて歩こう
涙がこぼれないように 
泣きながら歩く
ひとりぼっちの夜


《口笛》


思い出す秋の日
ひとりぼっちの夜


悲しみは星の影に
悲しみは月の影に 


上を向いて歩こう 
涙がこぼれないように 
泣きながら歩く 
ひとりぼっちの夜
ひとりぼっちの夜


永六輔さん、いろいろありがとう!


人生と勉強

人生は一生勉強だ。


だが、勉強は嫌いだという人が多い。

勉強とは学校で習う英語とか数学だけではない。


今日、失敗した、よし明日はこうしようと思う心は誰にでもある。

それが勉強だと思う。

人生はつらいものだ、だが、人生をよりよくするために勉強するのだと思う。


実は国語も社会も英語も数学も理科もすべて人生をよりよくするための勉強なんだと思う。


賢く生きたいと思わない人はいないと思う。

賢いとは人生を生き生きと生きるために必要な知識や意見を持っている人を言うのだと思う。けっしてずるがしこいとか、成績がいいとかいうのではない。


学校の成績は悪かったが、賢い生き方をする人をたくさん見てきた。

反対に学校の成績はよかったが賢いとは思えない人もたくさん見てきた。


人生を一つの勉強の場だと思い、ひとつひとつ課題をクリアしていく精神があれば、どんな苦難も楽しいものだ。


テストもそう思えば楽しいし、仕事上の難しい問題に直面したときは、テストなんだ、よし、何とかクリアしようと思える。


ゲームとは違う。ゲームはもう一度戻れる。敵を殺してもいい。そんなゲームとは違うリアルな場が人生であり、そこに楽しみがある。


わたしはこれまでいっぱい失敗をしてきた。取り返しのつかない失敗もある。だが、それでも人生を楽しみたいと思っている。そのためには絶えず、今ある現状を苦しいと思わず、ただリアルな場面で勉強しているのだ。死ぬまで勉強しているのだと考えるようにしている。


そして失敗も成功もあっていいのだ。ただ、注意していることは、三省の心だ。