日々是好日

煩悩だらけで無力で、罪深い人間の戯言です。

再診!

 13日の朝、装着している器具がうまく機能していなくて、いろいろ困ったことが起きていたので、9時に起きて、病院に電話し、今日行くと言うと、11時半までに受付を済ませるように言われた。それから、朝食済ませて、薬を飲んで、いろいろ支度をして、10時過ぎにうちを出た。11時半少し前に受付を済ませて、それから、受付で尿検査のカップを受け取り、トイレで採尿、窓口に出し、待合室の椅子に座る。まわりには腰の曲がったおじいちゃんおばあちゃん、それに、体育会系の足を骨折したような若い人もいる。


 予約外で来たので、待ち時間は1時間以上だろう。覚悟を決めて、カバンに入れてきた小説を読み始める。こんな時は気楽に読める内田康夫がぴったり合っている。今、読んでいる作品の舞台は四半世紀前。文科省がサッカーくじを管轄するという話、ついでに、警察はパチンコ業界を天下り先として確保しているなどという話題も出てくる。内田康夫にはこんなふうに社会を批判するような作品が多い。ただしテレビの浅見光彦シリーズではあまりそういう話題は出てこないが。


 ところで、今病院にいる。テレビドラマでは、病院内の内部告発だとか出世争いだとかを面白おかしくやっている。また、一人ひとりの患者に丁寧に対応し、試行錯誤しながら、病を治していくというようなドラマがある。だが、ドラマと現実とはかなり違うんだろうなと思ったりする。ぼくの場合、実際、病気も軽いんだろうが、扱われ方もさらに軽いなと感じるばかりだ。とはいえ信頼するほかない。


 教育界のドラマでも、よく一人ひとりの学生に真摯に付き合う先生の姿などが描かれていたりするが、実際ぼくがいた教育の世界ではそこまで対応できるゆとりはなかった。仮にドラマに感化されて、一人ひとりに一生懸命努力していると、他から注意される。そして、日々の業務に追われる。それが現実だ。話を戻せば、警察ドラマや探偵ドラマなども同様だろう。現実はドラマと違うのだと思う。


 ふと見まわすと、待合室にはぼく一人しかいない。さっきまで目の前を歩いていたおじいちゃん、おばあちゃん、それにスポーツマン風の若者もいない。時計を見ると、午後12時半もとうに過ぎている。そう思った時、ぼくの名前が聞こえた。診察室に入ると、いろいろ聞かれたが、さほど、重要な問題はないというような対応。先生はずっとコンピューターの画面を見ながら話をする。じゃ、薬を増やしておきましょうなどという。結局、薬をもらって帰る。

長時間労働!

 テレビで話題になっている月に180時間という長時間残業について思った。


 ぼくが以前勤めていたところでは、昼過ぎに出勤、8時間勤務だが、結局9時間から10時間ぐらい職場にいた。朝10時過ぎに出て、夜11時から12時の間に帰宅。しかも週休は1日だけ。週労働時間は残業も含めて50時間ぐらいになる。祝祭日の休みもなくて、年間労働日数は300日を超えていた。残業手当もなし。昇給もなし。5年働いて、体中がたがたになって、最後は週一日の休みである日曜日もと出てくれと言われ、辞めると宣言したら、明日から来なくていいと言われ、失業。その後、今の非常勤の講師として、体と相談しながら働いている。それでも体のガタガタは治らない。


 その前に働いていたところでは、もっとすごかった。朝7時半出勤、夜8時ごろ退勤は当たり前で、9時ごろ帰ることもよくあった。内容がどうかより、長時間、時には12時まで働く人や寝泊まりする人もいて、そんな人が出世する。僕自身、上司から「君は偉いね。朝早く来て夜遅く帰るんだから偉いよ。」とほめられたこともある。有給休暇なんかも取る人は少なかった。ほとんどの人が30日以上残していた。年休をたくさん取ると、批判され、勤務時間内に帰ると後ろ指をさされることもあり、居づらくなると左遷される。そういう社会だった。


 ある時、トップの人物から尋ねられた。「君は一生懸命にやっているか?」と。ぼくは「はい、一生懸命です。」すると、仕事と家族とどちらが大切かね?」と言われて、「もちろん家族です。」と答えたら、「それは一生懸命じゃない。家族を犠牲にして仕事をするのが一生懸命というんだ。」と言われた。そのトップとは以前から対立していたが、さらに対立はひどくなり、左遷させるとか研修に出すとか脅されたのを覚えている。


 それ以前に働いていたところでは、家族がいなかったせいもあり、やはり、長時間労働をしていた。誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く帰宅していた。すると、先輩に「お前は迷惑なやつだ!」と言われた。早く帰ってくれないと、みんな勤務時間に帰れなくなる。という理屈だ。もちろん、長く働く人が尊ばれる社会ではあったが、ただ付け足せば、ぼくは自分の才能の不足を感じていたから、同じ仕事でも、人の二倍の時間がかかると思っていたから、長く働いていたのだ。


 日本全体に質より量という考え方があるように思う。昔も今も変わらない気がする。途中、だべっていても、どこかでコーヒーを飲んでいてもかまわない。酒を飲んでいてもかまわない。マージャンをしていてもかまわない。質より量の考え方だ。また、「質より名」という考えた方もある。「実質」は捨ておいて、「資格」や「名称」を重んじる。だから、官僚とか長と名の付くものは保身に勤める。誰が何をするかより、「自分」が何であるかを尊ぶトップが多い社会なのだと思う。


 


 

人生のハーフタイム!

 病気もさることながら、以前から時折あった頭痛、腰痛などの頻度がだんだん多くなってきて、以前ほどには仕事ができない今、つくづく思うのは、健康だった時にしかできないことを、健康な時にしなかったという後悔。若い時にしかできないことを若い時にしなかったという後悔。それらばかりではない。何もかもみんな失って初めて分かるものだ。あと何年生きるのか、わからないが、その死ぬまでの時間、今より健康でいられるはずもなく、仕事量も今より多くできるはずもないという未来への不安もある。


 人生途上と言ってもと言ってもいいが、これを「人生半ば」と言ったらどうだろうか。短い前半も後半も、また、長い前半も後半もある。後半がどのくらいあるかは誰にもわからない。だから、今を人生半ばととらえるのはどうだろうかと思った。100歳の人でも同様だ。そして、今をサッカーのハーフタイムのような時間と考える。そんな時に、前半戦はどうだったろうかと考える。これはおもしろいと自分勝手に思った。何歳でも構わないのだ。そして、ぼくは今、病気でしばらく仕事を休んでいる。そう、これがぼくのハーフタイムだと思って考えてみた。

 すると、前半の試合への入り方、すなわち、志学の15歳のころから若干20歳まで、どうも誠心誠意物事に尽くしていなかった。そして20代は最悪だった。恋愛などにも失敗し、友人を死なせ、人生を見捨てたような生き方をしていた。而立のころからは取り返しのつかないと思われた劣勢を少しずつ挽回し始めた。しかし、基礎がないのに優秀な仕事などできない。不惑の年には何とかこれまでの劣勢を挽回できたように思ったものの、知命の年には再び失敗を繰り返す。


 今年2月26日には50歳を迎える三浦知良選手が現役最長のJリーガーとして歴史的に名を残すことになった。そんなニュースを、少しうらやましく、また尊敬の気持で聞いた。彼の人生の前半戦はすばらしいものだ。後半戦はいつまでかわからないが、きっとすてきな後半戦を乗り切るに違いない。澤穂希も今サッカー選手としての前半戦を終えて、今後半戦をスタートさせた。


 最近になって、次第に自分の運命が見えてきた。不安はある。すでに遅く、勝敗は決しているという感もある。だが、明日から、否、これから、後半戦開始のホイッスルが鳴るのだと思いながら、自分の今後をどう生きるかを考えたら、失敗を恐れず、できることを行い、少しでも「充実した生」というものに向けて努力を続けるほかはないだろう。そしてゲーム終了の笛を聞く時は満足できるようにしたいと思った。そしてそれは未来においても同じだ。絶えず、今をハーフタイムだと思いながら、これからを考える気持ちでいたいと思う。

良い兆候!

 昨晩から少し良い兆候が見られる。


 まず、第一に、この数日間、夜は、ほとん睡眠がとれなかったのに、昨晩から今朝にかけて、何度か起きたものの、合計7時間ほどの睡眠がとれた。昨晩8時ごろ、熱冷ましの薬を飲み、11時ごろ布団に入って、12時ごろから熟睡。その後は2時、4時、5時半、8時と目を覚ましたものの、久々に7時間余り熟睡できた。


 熱は絶えず熱を測ってきた。午前0時、37.9度。2時、38.1度。4時、38.4度。 5時半、38.5度。5時半の時点で熱冷ましの薬を服用。午前8時大汗をかいて目を覚ます。熱を測ると36.1度。久しぶりの平熱。すぐにシャワーを浴びて、汗に濡れたシャツなどを着替える。


 8時以降、メール整理したり、ブログする。心配してくれる同僚などに返信し、今に至るが、今また、熱は上がり始めている。今の熱は37.4度。以前なら、これで激しい頭痛にも苦しんだ微熱だ、今は時折起こるズキンという痛みも38度を超えている時より、楽に感じる。
 
 外を見ると、雲一つない快晴。遠くの山々もくっきりと見える。窓を開けていると温かい日差しが差し込んでくる。こんな日々がずっと続けばいいと思うような半日だ。ただ、東北、北海道などの被災地の人たちは今、暴風雪に見舞われているとか。被災地の人たちにも良き兆候が見られることを祈っている。


熱にうなされて!

 仕事はしばらく休むことにした。いや、休まざるを得ない。一日のうちで、何か創造的な作業ができるのは3時間程度。それ以外は布団の中にいて、高熱でうなされて何もできない。


 日曜日、頻尿で寝られず、月曜日、排尿がストップ、激しい頭痛もして、寝られず。火曜日朝まで苦しんで、結局、救急車を呼んで、病院へ。色々な処置と診察の後、管を膀胱に直接通したまま、出口にはキャップを刺して、午後帰宅。夜まで、明日は出勤するつもりでいたが、頭痛は止まず、発熱も続き、膀胱に通した管から長くても1時間おきに尿を取りださなければならない。結局しばらく休みを取ることにした。この夜も朝まで寝られず。


 ところで、困ったことがある。発熱時に服用する薬だが、一日に3回までとある。ということはだいたい8時間おきに飲むしかない。だが、効き目は4,5時間、薬が切れると、また微熱が出る。熱が出ると、激しい偏頭痛が始まる。寝る前に飲んだ薬も朝3時か、4時ごろには効き目が切れて、偏頭痛でのたうちまわる。仕方なく4時ごろ薬を飲んで、いったんおさまるが、昼前には効果が切れて、また痛み出す。熱を測ると、38度5分。歯をかみしめて堪える。


 今日は、昼、過ぎて、ふと思った。冷凍庫にひんやりまくらがある。それを一番熱がある後頭部に当てて、寝ていると、少し収まる。2時ごろ、熱を測ると、38度4分、とうとう我慢できず、2回目の薬を飲む。少し収まったものの、だんだん効き目が薄れている気がする。午後4時、37度2部。頭痛は止まらない。


 頭痛は持病のようなものだが、その際、熱を測ると、だいたい37度以上の微熱がある。今回は微熱ではすまない。薬をのんだ後でも38度4分、4,5時間すると、38度9分まで上がる。だんだん熱が高くなる。明日、薬はなくなる。熱が39度を超えるようなことがあれば、また救急車を呼ぼうかとおもう。人生3回目の救急車になる。